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『太陽を盗んだ男』を放った、ゴジと呼ばれた男【そのとき映画は誕生した Vol.4 後編その1】

©1979 TOHO CO., LTD. / Tristone Entertainment, Inc.

『太陽を盗んだ男』を放った、ゴジと呼ばれた男【そのとき映画は誕生した Vol.4 後編その1】

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カーチェイスをめぐる攻防



 予算の問題もさることながら、撮影スケジュールの超過は、カーチェイスの場面などを丸々残したまま、沢田が現場を離脱せざるを得ない状況を招いた。ツアーや次の仕事をこなしつつ、その合間をぬって、撮りこぼした場面のために、沢田は日程をやりくりして撮影現場に戻ってこなければならなくなった。当然、撮影終了日の見通しは立たなくなる。


 7月で撮影が終わると聞かされていたのはスタッフも同様だった。録音の紅谷愃一は、8月4日から深作欣二監督の角川映画『復活の日』(80)の撮影に入り、翌月からは半年以上にわたる海外ロケが控えていた。仕上げに携わることができないまま日本を後にするのは、忸怩たる思いがあったようだ。


 撮影所で映画が量産されていたかつての時代ならば、撮影が伸びた場合でも、撮影所内で調整できたが、フリーランスのスタッフが集まっている本作の場合、次の作品が決まっている者も多く、期日を過ぎると現場から姿を消していく。そのため、助監督や照明など、各パートの助手が次々と現場を離れる事態となった。


 もっとも、助監督の榎戸耕史によれば、「助手さんの中には現場に来たい人は大勢いるんだけど、勘弁してもらって」(『相米慎二 映画の断章』)と、契約が切れたスタッフに対しては断っていたという証言もある。ギャラが発生しない状態で働かせるわけにはいかないためである。


 沢田が不在となったあとも、長谷川は、手間暇のかかるカーチェイスの膨大なカットにかかりきりとなった。顔がはっきり映らないカットが多いため、大がかりなアクションを先に撮り、あとから沢田のアップを撮って埋めていく寸法である。


 とはいえ、予定されていた車の台数が揃わないことも多く、撮影は遅々として進まなかった。それに、カーチェイスどころではないほど製作費も逼迫していた。プロデューサー側からは、このシークエンスを丸ごとカットできないかという打診まであった。確かに、カーチェイスがなくとも物語上はつながる。しかし、皇居前のバスジャック・シーンと同様、物語上は必ずしも不可欠ではない場面こそが、本作を豊かにしている。だからこそ、長谷川は無理を押して撮影に突入したのだ。


 しかし、チェイス場面の撮影では、高速道路の料金支払いまでカースタントを担当したマイク三石こと三石千尋が全額を負担する有り様だった。助監督も制作担当者も誰一人、現場に現れなかったためだった。


 それに、いざ撮影を始めようとすると、車の台数が圧倒的に不足していた。ある日は、30台が20台に、やがて16台にしてくれと制作から言われて渋々了承したが、当日は8台しか来ていないこともあった。


 理由は、ドライバー不足だった。深夜2時に桜田門へ集合し、そのまま深夜まで撮って、また翌日の午前2時に集合するというスケジュールが続くため、睡眠時間も確保できず、ドライバーたちが音を上げたのだ。


 制作の担当者がそう抗弁しても、長谷川は反論を許さなかった。この担当者は翌日から来なくなったという。


 助監督も制作もいない現場でカーチェイス撮影が実現したのは、前述の三石とそのチームの献身的な協力があったからだった。日活時代から旧知の仲である三石との関係を、長谷川はこう語っている。


「前から話していたんだよ。思いっきり映画を撮れるときになったら、精一杯、バカみたいに面白いことをやろうぜって。それがあのカー・チェイスだね。いくらテレビがぜいたくにできるようになったっていっても、あそこまではできないんだよ」(『週刊サンケイ』79年10月18日号)


 本編でも7分に及ぶチェイスは、これまで見てきた長谷川の演出スタイルからすれば、相当な分量の撮影を行ったことがうかがえる。


 首都高で、城戸とゼロこと沢井零子が乗る車をパトカーが追う本作屈指のチェイス場面を撮るにあたっては、一般車が侵入してこないよう一定区間の封鎖が行われた。といっても無許可で勝手に行ったものだ。


 方法としては、あえて速度を落とした車4台を後方に配置して走らせることで車線を塞いだ。一般車が追い抜けないようにブロックしたわけである。こうして撮影車両しか走っていない区間を作り出すことで、首都高のチェイスを実現させた。言うまでもなく、現在ならば交通規制や安全管理の面から重大な問題となる可能性が高い。


 さて、カーチェイス場面中、最も危険度が高かったのは、横切る大型トレーラーを前に、城戸の車が大きくジャンプして、トレーラーの真上を飛翔するカットと、文太の車がトレーラーの車体下部に突っ込み、屋根を吹き飛ばしながらも、なおも速度を緩めることなく追い続けるくだりだ。


 このカットは大井ふ頭で撮影された。時速75キロで進入し、200メートルの助走をつけてジャンプ台から飛び越えるという仕掛けである。一方、トレーラーの下に車が潜るカットも同じく時速75kmで突っ込んでいくことになり、スタントマンにはそれぞれ120万円の保険がかけられた。




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