©1979 TOHO CO., LTD. / Tristone Entertainment, Inc.
『太陽を盗んだ男』を放った、ゴジと呼ばれた男【そのとき映画は誕生した Vol.4 後編その1】
そして誰もいなくなった
公式には、本作の撮影は、この34年前に長谷川が体内被曝をした日となる8月6日に終えたことになっているが、実際には編集作業と並行して続いていた。
8月16日には、皇居の坂下門へ観光バスが突入するカットが撮影されている。この日までに、皇居の北の丸公園でロケを行い、バスの車内、車外で芝居が絡んでくるところはよみうりランドにセットを組んで撮られていたが、皇居外苑をバスが坂下門へ向けて速度を上げていくカットは、未撮影のままだった。
国会議事堂、メーデーなど、本作の実物主義を貫徹するためにも、長谷川は皇居へのバス突入の実行を求めた。もっとも、長谷川は編集作業へかかりきりになっており、この日の撮影には立ち会っていない。
長谷川のいないこの日の現場では、責任者は現場プロデューサーの伊地智である。撮影当日をこう振り返っている。
「皇居は撮影許可なし、とにかくバスが入れるところまで行こうって。無事に撤収できるかどうかも分からない。皇宮警察が真っ先に飛び出してきそうな場所には私がスタンバイ、最悪の場合はまず私がしょっ引かれて、それで時間を稼ぐ、という段取り」(『映画の荒野を走れ』)
午後6時5分、撮影決行。用意されたキャメラは3台。バス車内に1台、坂下門前の広場に1台、内堀通りに停車したクレーン車から俯瞰撮影用の1台がそれぞれ配置され、フィルムが回り始める。
坂下門に向かってバスが接近していくと、門前の鉄柵には皇宮護衛官が6、7人いたが、バスが近づいてきても警戒する素振りはない。それほど速度が出ていなかったからだ。門前の手前10メートルのところまで来たところでバスが停車し、Uターンしていると、ようやく何事かと思ったのか、護衛官が1人、ゆっくりとバスに近づいてくるが何事もなく、バスはそそくさと皇居を後にした。撮影は呆気なく終わり、逮捕者が出ることもなかった。
しかしながら、坂下門にバスが接近するカットは撮れたものの、たいした速度も出ていなかったため、迫力不足は否めなかった。そのため、早回しにすることで、あたかも坂下門へバスが突っ込んでいくように見せている。そして、よみうりランドのオープンセットで撮影されたカットへと編集で巧みにつなげることで、いったい、皇居でこんな撮影をどうやって行ったのか――と感嘆させる場面を作り出した。
国会議事堂やメーデーの場面がそうだったように、皇居でも本物と作り物が絶妙に混じり合うことで、映画の中に写し出されるものが〈真実〉へと変貌したのだ。
沢田が帰ってきたのは、夏も終わりに近づいた頃だった。時にはコンサート会場から駆けつけ、撮り残したカットを撮影することもあった。すでに沢田のスケジュールは次の仕事へ食い込んでいただけに、出番を全て終えても感動的なフィナーレとはならなかった。
残った数少ないスタッフたちにも、まだ膨大な物撮りが残されていた。助監督の榎戸耕史は、劇中に挿入されるローリング・ストーンズ来日を告げる新聞記事のクローズアップを撮っていたときの侘しさを記憶している。
「新聞記事を何度撮っても、ゴジがラッシュ見る度に、OKしないんですよ。あれだけでかいセットで撮っていた組が、何か違う知らない組のセットの隅で、新聞を撮ってて、(引用者注:撮影の)鈴木さんがいて、照明部は熊谷さん一人なんですよ」(『相米慎二―映画の断章』)
現場プロデューサーの伊地智は、「残ったのはチーフ助監督の相米ぐらいだった。まるで廃墟の中に相米が立っているという感じがありましたね」(『映画プロデューサー入門』)という言い回しで、荒涼とした撮影終了間際の雰囲気を表現する。
この映画には、長谷川が映画界に入ってから付き合ってきた仲間の多くが参加していた。しかし、撮影を終えた長谷川は、大きな喪失感にさいなまれることになる。親しい後輩と思っていたスタッフのうち、5人も撮影中に現場を去っていたからだ。過酷な撮影と、長谷川の傍若無人な振る舞いに振り回され、ついに愛想を尽かされたのである。
その心情を、長谷川はこう語る――「失ったものが多過ぎると思った」。
後編その2に続く
前編はこちらから
中編はこちらから
※参考文献は「後編その2」に一括掲載します。
(後編その1・了)
1978年生。映画評論家。『映画秘宝』『キネマ旬報』『映画芸術』等に執筆。著書に『映画評論・入門!』(洋泉社)、『映画監督 大島渚の戦い』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、共著に『映画監督、北野武。』(フィルムアート社)ほか
『太陽を盗んだ男/4Kデジタルリマスター』
大ヒット上映中
配給: 東宝
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