事実に即して大切にしたディテール
Q:今回の映画では、最新の研究や取材に基づいて、過去の映像化作品よりも史実に忠実に描いたそうですが、ハイジャック犯の心情描写などはフィクションの部分が多いのではないでしょうか。歴史的な考証とフィクションのバランスはどうやって取ったのですか?
パジーリャ:確かに僕らは、ハイジャック犯がどんな発言をしたのかを正確に知ってるわけじゃない。その場にいた人質やパイロットや機関士からも話を聞いたけれど、かなり古い記憶になってしまっていて、人によっては記憶が曖昧だったり、同じことについての証言が矛盾することもあった。だから、そこで何が起きたのかを知る手掛かりはあっても、決して真実に近づくことはできない。ある意味でSFみたいな感じがしたよ。
でも僕たちは、ほとんどの場面を事実に即して描くことができたと思っている。例えば人質やフランス人パイロットや機関士など大勢が、ボーゼが自分たちのしていることに疑いを抱き始めていたと話してくれた。事態が終わりに近づいた時、ボーゼは撃つチャンスはあったのに、誰にも発砲させず、時間稼ぎをしたように見えたと。そのおかげでイスラエルの部隊が突入して、彼らの命が救われた。これは事実に基づいたことだ。
イスラエルの国防大臣だったシモン・ペレスが襲撃作戦を強く推して、イツハク・ラビン首相を政治的に追い詰めたことも事実だ。一方でラビンは交渉を引き延ばそうとしていた。多くの描写に正確を期したし、大局的に見れば、ほぼ史実に即していると言えると思う。でも、細部については脚本家が埋めた部分もあれば、俳優たちの演技や、製作の過程から生まれた部分もあるよ。
Q:犯人グループのさりげない感情の描写が素晴らしいと思います。例えばハイジャック犯のひとり、ブリギッテ・クールマンが人質の乗客からブラウスのボタンが開いてると指摘される場面です。
パジーリャ:そう言ってもらえて嬉しいよ。キュールマンについてはロザムンド・パイクの素晴らしい演技を讃えないといけないね。ロザムンドとボーゼ役のダニエル・ブリュールは本当にみごとだったし、この映画に出ているすべての役者たちと一緒に仕事ができて幸せだったと思っている。
ブラウスのボタンのくだりは、本当かどうかはわからないけれど、ある人質から僕が聞いた話なんだ。記憶の真偽はわからない。でも、この映画ではそういうディテールに注目したかった。言葉も映画にとって重要だった。例えばロザムンド・パイクはフランクフルト訛りのドイツ語を話している。それは実際にブリギッテがフランクフルト出身だったからなんだけど、たぶんドイツの人はこの映画を観て、ブリギッテがフランクフルトから来たことがとわかると思う。
そういった細部の描写を通じて、彼らについて知ることができるよう、できる限り務めたつもりだ。
Q:リサーチを参照するだけでなく、現場で即興的に膨らませたシーンもあったということですね。
パジーリャ:そうだね。いつでも即興の余地は残しておいた。例えばブリギッテが人質たちを黙らせようと銃を天井に向けて撃つシーンは史実じゃない。現場で思いついて、ロザムンドにやってもらったんだ。一方で、精神的に動揺して犯人をナチスだと思い込む人質のエピソードは実際に起きたことだよ。だから、史実と即興とを現場で組み合わせながら作ったんだ。
Q:ユダヤ人収容所にいた老女に関してとてもドラマチックな展開がありますが、あれはさすがにフィクションですよね?
パジーリャ:いや、あれも実話だよ。少なくとも僕たちが聞いた限りではね。この映画は僕たちがリサーチしたことと、あるイギリスの研究者が書いた本に基づいている。人質だった人たちに直接話も聞いたけど、一方で彼の研究書にも多くを負っているんだ。