惑わず、迷わず、止まらない主人公
『コマンド―』は先述の通り、シンプルこの上ないストーリーだが、さらに特筆すべきはアクション/サスペンス/スリラーといった映画に不可欠と思われる要素が見事に欠落していることだ。
それは主人公の「迷い」や「葛藤」という心理だ。普通の映画なら主人公を何度も困難な状況に陥れ、「一体この次にどう行動すれば?」という思考に観客を導くことで、感情移入させる戦略をとるだろう。しかし『コマンド―』はそういった常識的なアプローチを清々しい程に放棄している。メイトリクスは神速で次の行動を決断し実行、驚くべき効率性で娘の救出へと話を進めていく。
『コマンドー』(c)Photofest / Getty Images
こう書くと、まるでひっかかりのない、つまらない映画のようだが、そうはなっていない。この鑑賞体験は何かに似ている、そう考えた時あるジャンル映画に思い至った。「怪獣映画」だ。『ゴジラ』シリーズなどで観客は怪獣が破壊の限りを尽くすさまを楽しむが、あの感覚に近い。
通常の俳優が演じるアクションで、そんな感覚になれる映画は作れるはずがない。シュワルツェネッガーという常人離れした筋肉をまとった体を持ち、かつ複雑な感情を内包しない(あくまで、そう見えるという話)男だからこそ、ピンチにも陥らず、葛藤もなく猪突猛進で悪党を殺しまくる様を楽しむことができるのだ。しかしそれだけでは、以前のシュワルツェネッガーと印象が変わらない映画になっていたかもしれない。シュワルツェネッガーの素材の味を楽しむための最大の工夫は実はセリフにあった。