2020.07.23
自己主張も頼もしい、痛快な女性映画
女性の“男気”という点で興味深いのは、本作で描かれる西暦2176年は母権社会で、女性が要職に就いていることだ。この時代は人口過多で、そのために火星への移住を余儀なくされる。一方では出産を制限する政策もとられているが、それを主導するのは女性に他ならない……というアイデアがカーペンターにはあった。
必然的に権力の座に就くのは女性で、本作の登場キャラクターを見てもバラードは副隊長という地位に就いている。その上の隊長ブラドックも、バラードを尋問する火星警察の責任者も女性。さらにいえば、ウィリアムズが強奪した札束には、女性大統領の顔が印刷されているのだ。
権力を手に入れた女性は内面的にも強くなる。バラードはその典型で、心の痛みをドラッグで癒しながらも、決して弱音を吐かず敵に立ち向かっていく。セックスに関しても欲しいと思ったら積極的だ。一方で、隊長のブラドックはレズビアンで、こちらもバラードに積極的にアタックしてくる。『ジャッキー・ブラウン』(97)で劇的なカムバックを遂げたブラックスプロイテーション映画のアクションヒロイン、パム・グリアがこの役を演じているのは興味深い。ともかく、自己を主張する女性像という点で本作は痛快だ。危機に直面して泣きながら逃げ惑うような女性は、ここにはひとりもいない。
『ゴースト・オブ・マーズ』(c)Photofest / Getty Images
強い女性たちを相手にする以上、男優陣もコワモテが求められる。ウィリアムズ役のアイス・キューブは、いつもながらの鋭い目つきと危険な存在感を遺憾なく発揮。その強烈な個性にどう張り合うかが、バラード役のヘンストリッジに求められる課題だった。一方で、バラードの片腕である隊員にふんしたジェイソン・ステイサムは、自信家で口達者だが戦闘にも長けるキャラクターを演じて見せた。英国人俳優のステイサムは当時のハリウッドではまだ無名だったが、持ち味を存分に発揮。現在は『ワイルド・スピード』シリーズなどでアクション・スターの地位を確立しているが、その個性の原点として本作のキャラクターがあることは注目しておきたい。
2,800万ドルを費やした本作は、製作費の3分の1にも満たない全米興収にとどまり、興行成績がすべてのハリウッドで、カーペンターは結果として干されることに。本作の後に監督を務めた映画は、より低予算の『ザ・ウォード 監禁病棟』(10)のみで、『ハロウィン』などの旧作のリメイクにプロデュースや原作者として関わることの方が多くなった。
はっきり言って、これは勿体ない。恐怖を知り、バイオレンスを知り、人間の本能を知り、生きるための情熱を知る、この異才に再び新作を撮って欲しいと思うのは筆者だけではないだろう。本作を目にする度に、そんな思いを新たにする。とにかく、この圧倒的な熱量をぜひ体感して欲しい。
文: 相馬学
情報誌編集を経てフリーライターに。『SCREEN』『DVD&動画配信でーた』『シネマスクエア』等の雑誌や、劇場用パンフレット、映画サイト「シネマトゥデイ」などで記事やレビューを執筆。スターチャンネル「GO!シアター」に出演中。趣味でクラブイベントを主宰。
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