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『Mank/マンク』フィンチャー親子がハーマン・J・マンキウィッツに託したものとは?

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『Mank/マンク』フィンチャー親子がハーマン・J・マンキウィッツに託したものとは?

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否定された“単独執筆説”を採用した理由とは?



 ジャック・フィンチャーは『Mank/マンク』の脚本を書くにあたり、かなりの部分をポーリーン・ケイルの「Raising Kane」をベースにしている。『市民ケーン』のアイデアを思いついたのはマンキウィッツで、ウェルズは他の企画で忙しく、執筆はマンキウィッツに任せきりだったように描写されているのだ。


 また執筆の経緯だけでなく、劇中で描かれるマンキウィッツの細かな描写も、「Raising Kane」で紹介されているエピソードが多い(ただしシチュエーションを変えるなど映画向けにアレンジされている)。おそらくジャック・フィンチャーは「Raising Kane」を底本にして『Mank/マンク』の脚本を書いているし、事前の知識なく『Mank/マンク』を観た人は、ケイルが展開した「マンキウィッツ単独執筆説」が史実だと思ってしまうだろう。



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 しかしケイルの「Raising Kane」が世に出たことで、改めて多くの研究者が当時の資料を検証し、存命の関係者にも広く取材が行われた。マンキウィッツが先に亡くなっている以上、ウェルズの言い分をそのまま鵜呑みにはできないにしても、マンキウィッツの単独執筆説を通すには無理がある。正直、ウェルズ擁護派の文章も感情的になりがちで、どちらの主張にも憶測や中傷が多いように感じられるのだが、主要な事実関係だけを拾ってみる。


1)執筆に入る前に、ウェルズとマンキウィッツは『市民ケーン』についてかなりの時間討議を重ねており、300ページに及ぶメモがあった。


2)ヴィクターヴィルでの執筆期間中も、逐次ウェルズに原稿が送られており、ウェルズからも指示が送り返されていた。


3)撮影台本に至るまでには、ウェルズが大きく改稿、修正、追加した箇所が多い。


以上のことからも、二人の共同脚本名義に落ち着いたことは妥当だったと言っていい。


 ちなみにヴィクターヴィルでの執筆の監視役を引き受けたウェルズの盟友ジョン・ハウスマンは、『市民ケーン』を境にウェルズと袂を分かち、ポーリーン・ケイルの取材を受けて「Raising Kane」の主要な情報元になっている。しかしそのハウスマンも、ウェルズの脚本への貢献を全否定するようなポーリーン・ケイルの主張は行き過ぎだとコメントしている。


 では『Mank/マンク』ではなぜ、すでに反証されている「Raising Kane」の一方的な「単独執筆」説を採用したのか? 筆者は、その疑問にこそ『Mank/マンク』という作品の核が隠されていると感じている。本作はマンキウィッツの伝記映画というより、史実をモチーフにした二次創作的なフィクションだと考えるべきなのである。



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