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『Mank/マンク』フィンチャー親子がハーマン・J・マンキウィッツに託したものとは?

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『Mank/マンク』フィンチャー親子がハーマン・J・マンキウィッツに託したものとは?

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画面に登場しない重要人物、アプトン・シンクレア



 前述のインタビュー記事で、デヴィッド・フィンチャーは父ジャックがどうやって脚本を膨らませていったのかについて語っている。ジャックが書き上げた『Mank/マンク』の初稿を読んだ時、『市民ケーン』とオーソン・ウェルズを高く評価していた父が、ウェルズの功績を否定するような物語を書いていたことに驚いたという。


 すでに映画業界でキャリアを積んでいたデヴィッドは、映画は脚本家一人のビジョンだけでできるのではなく、監督とのコラボレーションや映像にするためのさまざまな要因が絡み合って生まれるものだとわかっていた。デヴィッドは父に懸念を伝え、ジャックは息子の意見を受けて別の方向性を探ることにした。そしてたどり着いたのが、1934年のカリフォルニア州知事選挙に立候補したアプトン・シンクレアという人物だった。


 シンクレアは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)の元ネタとなった長編小説『石油!』を書いた小説家で、民衆を搾取する資本主義の構造に警鐘を鳴らした情熱的な社会活動家だった。そして「E.P.I.C.」という社会運動を立ち上げ、1934年のカリフォルニア州知事選に民主党候補として出馬した。「E.P.I.C.」とは、「End of Poverty In California(カリフォルニアから貧困をなくそう)」というキャッチフレーズの頭文字から来ている。



『Mank/マンク』NETFLIX


 実は『Mank/マンク』は『市民ケーン』の誕生秘話だけの映画ではない。1934年のカリフォルニア州知事選の顛末もかなりの比重で描かれている。そして画面に登場することはないが、知事候補だったシンクレアも、ハーストと同じくらい重要な役割を担っているのである。


 当初、アメリカの保守層はシンクレアをただの泡沫候補だと考えていたが、世界恐慌の最中で労働者の支持を集める影響力と、急進的な改革を進める姿勢を警戒するようになる。そんなシンクレアを追い落とすべく、ハリウッドに強い影響力を持つハーストやMGMの経営者ルイス・B・メイヤー、映画プロデューサーのアービング・サルバーグらが結託。ニュース映画を使った大々的なアンチキャンペーンを張ったのだ。


  この選挙戦は、映像メディアが初めてその影響力を自覚的に駆使した歴史的な大転機になったと言われている。ハーストの豊富な資金力を後ろ盾に、フェイクのニュース映像がカリフォルニア中の映画館で流され、望む望まざるに関わらず、多くの映画人が直接的、または間接的に協力を強いられた。


 『Mank/マンク』は、皮肉屋のインテリだったマンキウィッツが、腐敗していくハリウッドを目の当たりにして一体何ができるのかと自問する、苦悩と葛藤の物語でもあるのだ。



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