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『お嬢さん』〈解放〉と〈帝国〉のおとぎ話、パク・チャヌクの翻案術 ※注!ネタバレ含みます。

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『お嬢さん』〈解放〉と〈帝国〉のおとぎ話、パク・チャヌクの翻案術 ※注!ネタバレ含みます。

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原作の「どんでん返し」大幅改変の狙い



 ミステリとしての『お嬢さん』のキモは、全三部のストーリーが、それぞれ語り手を変えながら展開する構成にある。第一部はスッキの視点から、第二部は秀子の視点から、そして第三部は“その後”の展開へ。人物の視点を逆転させ、最初は見えなかったものを見せることで、スッキと秀子の物語の全貌が少しずつ明らかになっていくのだ。


 華族(日本人の貴族階級)の家に生まれた秀子は、母方の実家の没落、そして母の自死によって、叔母の結婚相手である上月家に預けられる。華族を目指す朝鮮人の上月は、秀子を幼いころから虐待し、男たちの前で官能小説を朗読させ、時には性的なパフォーマンスを演じさせてきた。母親の死後、「自分は生まれてこなければよかった」という思いに襲われる秀子は、自らのアイデンティティと尊厳を奪われ、男たちの欲望に忠実な女性を演じる日々の中で、母や叔母と同じように自死を考えるようになる。


 そんな秀子の生活に突如として現れたのが、同じく母を幼いころに失ったスッキだ。しかし秀子とは異なり、スッキは自らのアイデンティティに大きな不安を感じていないように見える。実は出自を偽り、珠子という女性のふりをするスッキだが、悪党ながらも純粋なせいか、〈演じる〉という任務にはまったく長けていなかった。秀子に惚れ込んだスッキは、やがて“伯爵”と秀子を結びつけるという仕事から逸脱し、自らの思いに忠実になっていく。

 

『お嬢さん』© 2016 CJ E&M CORPORATION, MOHO FILM, YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED


 第一部の終わりに待つのは、スッキと秀子が上月家の屋敷を抜け出すという作戦の実行だ。“伯爵”の計画通り、秀子の叔父の不在を狙って、スッキと秀子は屋敷を抜け出すのである。しかし、その先で明かされるのは、秀子を騙していたはずのスッキが、実は騙されていたという事実だ。秀子と“伯爵”はあらかじめ手を組んでおり、スッキを秀子の身代わりにして精神病院に送ろうと考えていたのである。これが本作最大のツイストであり、原作『荊の城』においては〈ひとつめ〉のどんでん返しとなっている。


 チャヌクは『荊の城』を映画化するにあたり、このツイストに大きな改変を加えた。第一部のラストは「スッキが秀子に騙されていた」というサプライズで締めくくられ、これは『荊の城』とも一致するものだ。スッキにあたる元スリの少女・スウは、自分が精神病院に送られる瞬間まで、自分が騙されていたことを一切認識していないのである。ところが本作では、秀子の視点で語られる第二部で、スッキや観客の知らなかった新事実が次々と提示される。最後には、実は「スッキは秀子に騙された“フリをしていた”」ということが明かされるのだ。


 そもそも秀子にとって、珠子=スッキは、自分が上月家を抜け出すための道具でしかなかった。しかし秀子の計画は、スッキを愛したことから狂い始める。一方のスッキは、秀子と結ばれた後も、なんとか自分の仕事を継続しようと“伯爵”との結婚を勧めるのだった。これに絶望した秀子は自死に踏み切るが、間一髪のところでスッキが決行を止める。大泣きしながら計画を白状するスッキに、秀子もまた“伯爵”との計画を暴露した。かくして第三部では、二人そろって“伯爵”を出し抜くという作戦の全貌が語られる。


 第二部以降のこうした展開は、『荊の城』とは大きく異なるものだ。原作では、秀子にあたる令嬢・モードは、スウを愛しながらも精神病院に送ることに同意。“伯爵”にあたる詐欺師・リチャードと行動をともにし、スウが育てられたスリ師たちの住まいを訪れることになる。スウとモードは別れたまま、愛憎半ばする関係となり、最後には互いの出生にまつわる真実を知るのだ。映画化されなかった物語の顛末は、ぜひ『荊の城』を通読することで味わってほしい。


 実は、チャヌクは『荊の城』を翻案するにあたり、原作の展開が自分の期待とは異なったことを出発点にしている。「自分の望んでいた結末にしよう」「読者としての願望を映画の中で叶えよう」という思いから脚色を施した結果が、この大幅な改変なのだ。原作の後半は大勢の登場人物が関わる複雑な人間ドラマとなるが、『お嬢さん』はそちらに進まず、スッキと秀子が共に闘い、〈抑圧〉から〈解放〉へと突き進むことに軸足を置いた。これは原作者のサラ・ウォーターズが取らなかった選択であり、『お嬢さん』はこの〈解放〉という精神に忠実な物語に作り変えられているのである。





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