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『お嬢さん』〈解放〉と〈帝国〉のおとぎ話、パク・チャヌクの翻案術 ※ネタバレ注意

© 2016 CJ E&M CORPORATION, MOHO FILM, YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED

『お嬢さん』〈解放〉と〈帝国〉のおとぎ話、パク・チャヌクの翻案術 ※ネタバレ注意

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政治的なおとぎ話としての『お嬢さん』



 たびたび指摘されることではあるが、『お嬢さん』は現実的な物語ではない。幼少期から抑圧されてきた貴族階級の娘が、自分を騙すためにメイドとしてやってきた貧しい少女と出会い、国籍や民族、身分を超えて惹かれ合い、二人そろって苦しみから〈解放〉される。一方で、悪役の男たちは、凶暴だがどこかユーモラスでもあり、最後にはきちんと成敗されるのだ。現実がそう簡単にいかないことは明白で、このように簡潔な言葉でまとめてみれば、本作はクラシックなプリンセス・ストーリーの系譜に連なるものとも思えるだろう。


 事実、チャヌクはラストシーンに言及する際、「おとぎ話(fairy-tale)」という言葉を使っている。「おとぎ話の世界のように感じられたとしても、そういう美しさが必要だった」というのだ。“そういう美しさ”とは、上海に向かう海上で、スッキと秀子が鈴の音を聴きながら笑い合い、夜空には満月が浮かび、うっすらと雲がかかっている光景のこと。それは、上月家の屋敷の扉に描かれていたものとそっくりだ。チャヌクは、「たとえおとぎ話だとしても、このような理想の世界を夢見ることで作品を終えたかった」と言葉を重ねている。

 

『お嬢さん』© 2016 CJ E&M CORPORATION, MOHO FILM, YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED


 『荊の城』を出発点にチャヌクが構想したのは、日本統治時代の朝鮮半島という、きわめて政治的な舞台設定で繰り広げられるファンタジーだった。原作者のサラ・ウォーターズは、ファンタジックにも読めるような世界観の中、スウとモードの物語にリアリティのある結末を与えたが、チャヌクは逆で、きわめてリアルな世界の中、ありうるかぎりのハッピーエンドを描いたのである。それは、かくも政治的で、かくも痛烈で、かくも同時代的な物語を、それでも「おとぎ話」として演出できる、そのことで二人の女性に祝福を送ることができる、“映画”というメディアだからこそ語れた理想ではないだろうか。


 最後に、本稿では『荊の城』については必要最低限の説明にとどめた。『お嬢さん』を観た後は、是非この原作小説をご一読いただき、スウとモードの物語にぜひ驚いてほしい。それから本作を再び観ると、チャヌクの狙いが一度目よりも鮮明に見えてくることだろう。この文章が、サラ・ウォーターズ、パク・チャヌクによる“お嬢さんたち”の物語を、それぞれ異なる角度から楽しむきっかけとなれば幸いである。


[参考文献・参考資料]

『お嬢さん』劇場プログラム、ファントム・フィルム、2017年

『お嬢さん』<スペシャル・エクステンデッド版&劇場公開版>(特典映像)、TCエンタテインメント

サラ・ウォーターズ『荊の城』上下巻、中村有希訳、東京創元社、2004年

西森路代、ハン・トンヒョン『韓国映画・ドラマ――わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』駒草出版、2021年

Interview: Park Chan-wook – Film Comment [https://www.filmcomment.com/blog/interview-park-chan-wook/]

Exclusive Interview: Talking THE HANDMAIDEN With Park Chan-Wook [https://screenanarchy.com/2016/09/exclusive-interview-talking-handmaiden-with-park-chan-wook.html]

‘The Handmaiden’ Director Park Chan-wook on His Masterful New Thriller and the Universal Language of Filmmaking [https://screencrush.com/park-chan-wook-handmaiden-interview/]

The LRM Interview with Park Chan-Wook on The Handmaiden [https://lrmonline.com/news/the-lrm-interview-with-park-chan-wook-on-period-thriller-the-handmaiden/]

Film interview: Director Park Chan-wook shows his sensitive side with new film The Handmaiden [https://www.scotsman.com/arts-and-culture/film-and-tv/film-interview-director-park-chan-wook-shows-his-sensitive-side-new-film-handmaiden-1452066]



文:稲垣貴俊

ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。



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『お嬢さん』Blu-ray 通常版

¥5,280(税抜価格 ¥4,800)

発売・販売元:TCエンタテインメント

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