2021.09.07
『ブラックパンサー』のノウハウを応用、アジア文化をスクリーンに刻む
シャン・チーの映画化にあたり、クレットン監督をはじめとするチームに課せられたのは、アジア系ヒーローをステレオタイプに陥ることなく描くことだった。そこで今回、マーベル・スタジオは『ブラックパンサー』(18)を成功に導いたノウハウを応用。香港映画に敬意を捧げたアクションだけでなく、アジア文化そのものをスクリーンに刻み込むことに意識的に取り組んでいる。
たとえば、映画の序盤からさりげなく映し出されるのは、アジア系アメリカ人の生活だ。シャン・チーはケイティの家を訪れる時に靴を脱ぐし、朝食のテーブルにはお粥が並んでおり、またケイティの祖母は「清明節」の話をする。清明節とは中国の祝日で、先祖の墓参りに出かける日のこと。この言葉が序盤から登場することは物語のテーマにも紐づいていて、生者と死者の関係性に対する、ひとつの価値観が示されることになる。
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』©Marvel Studios 2021
このケイティの家族をめぐるシーンは、記憶に新しい、ケイティ役のオークワフィナが主演した『フェアウェル』(19)を思い出すものであり、おそらく製作陣もいくばくかは意識したことだろう。わずかな出番のキャストにも工夫が凝らされており、ケイティの祖母役には、アジア系アメリカ人の女性たちを描いた1993年の名作『ジョイ・ラック・クラブ』のツァイ・チンが起用された。60年代にはフー・マンチューの映画化作品にも出演していたとあって、本作における重要なキャスティングの一人となっている。
ほかにも、ウェンウーの刺客であるデス・ディーラーの仮面と衣裳は、中国の伝統演劇である京劇にインスパイアされたもの。さらに、ここでは多くを語ることを避けるが、『マイティ・ソー』シリーズが北欧神話に基づいていたのと同じように、『シャン・チー』は中国神話がベースとなっている(詳細は後述)。
また、『ブラックパンサー』のノウハウが特に活かされたのは音楽だろう。同作では作曲家のルドウィグ・ゴランソンが民族楽器と西洋楽器(オーケストラ)の融合を試みたが、本作も非常に近いアプローチが採用されている。劇伴音楽はクレットン監督と長らくタッグを組んできたジョエル・P・ウェストが担当。また『ブラックパンサー』のケンドリック・ラマーと同じく、サウンドトラックはアジア圏のアーティストを擁する米国の音楽レーベル・88risingがプロデュースし、劇中に使用されていない楽曲を含むコンセプト・アルバムもリリースされた。このほかにも劇中にはさまざまな既存曲が使用され、物語やキャラクターにとっても意味を持つ選曲がなされている。