即興の構築
「二人の恋のドキュメンタリーを作っているような気分でした。映画的な操作やトリックに頼ることなく、二人が恋に落ちているように感じられたのです。二人はスクリーンの中で実際に恋に落ちていたのです」(デレク・シアンフランス)*3
ディーンとシンディが恋に落ちるまでのくだりは、撮影の前半に撮られている。ほとんどがやり直しのきかないワンテイクでの即興演技で撮られたという。このときの撮影に関して、ミシェル・ウィリアムズは、これまでに経験したことがないほど幸せな撮影だったと回顧している。
マンハッタン・ブリッジで、望まぬ妊娠をしたことを打ち明けるシーンでは、二人のキャストにそれぞれ別の指示が出されたという。何があっても隠し事を相手に話さないよう伝えられたミシェル・ウィリアムズと、どんなことをしてもいいから彼女の隠し事を聞き出してくれと伝えられたライアン・ゴズリング。指示された通り、決して口にしないミシェル・ウィリアムズに痺れを切らしたライアン・ゴズリングは、即興で橋のフェンスを乗り越えてしまう。あまりにも危険なため、スタッフが撮影を中断しようとしたとき、咄嗟にミシェル・ウィリアムズがシンディの秘密をついに打ち明ける。このスリリングな名シーンは、二人の即興演技によって成り立っている。同時にこのシーンは、ライアン・ゴズリングが一目惚れの女性とのデートの承諾を得たいがために、無謀にも観覧車にぶら下がった『君に読む物語』(04)のキャラクターを思い起こさせる。
『ブルーバレンタイン』(c)Photofest / Getty Images
また、ディーンとシンディが安いモーテルの「未来ルーム」で、昔の感情を呼び戻そうするシーンでは、二人のキャストは、ほぼ二日間に渡り裸でシャワールームに閉じこもったのだという。ただでさえ窮屈な空間が、閉所的なフレーミングによって神経質に切り取られていくこのシーンは、二度と同じ感情を呼び戻すことができなくなってしまった二人の疲労、敵意、経年を表出させる。しかし撮影が始まったときは、シャワールームでキャストの二人は楽し気な雰囲気になってしまったのだという。とても言い争うような雰囲気ではない。スタッフ、キャストは辛抱強く待ち続け、結果的に二日目の撮影で疲労困憊していた二人の演技がドキュメントとして掬いとられている。