映画の神様が微笑んだ
『2番目のキス』の撮影は、レッドソックスの試合シーンが必要な為、アメリカンリーグの2004年シーズンと並行して行われた。そして映画は、シーズンに実際に起きたレッドソックスの奇跡の大躍進とともに、監督のファレリーですら予想しえなかった展開を見せていくことになる。
レッドソックスは1918年に優勝して以来、ワールドチャンピオンに輝いたことが無い。これには、1920年にトレードで放出された「バンビーノ」ことベーブ・ルースの呪いによるものだとする、「バンビーノの呪い」というジンクスがあるほどだ。長い期間ワールドシリーズの制覇から遠ざかり、リーグ優勝ですら1986年が最後という「ツキに見放されたチーム」それがレッドソックスなのだ。
もとの脚本では、プレーオフでレッドソックスは負ける設定だった。そもそもレッドソックスは(失礼な話だが)負け続けている事を買われて、映画の題材になったのだ。しかし、『2番目のキス』が撮影された2004年シーズンのレッドソックスは違った。リーグ開幕からほどなくして調子を落とすも、やがて取り憑かれたように快進撃を続け、ア・リーグ優勝決定戦では宿敵ヤンキースに三勝取られてからの巻き返し四連勝という大逆転で、リーグ優勝を果たしてしまう。その後、実に18年ぶりに出場を果たすことになったワールドシリーズでも、セントルイス・カージナルスを相手に三連勝を勝ち取り、あと一勝で86年ぶり(!)のワールドシリーズ制覇が決定。予想もしなかった事態に、スタッフは脚本の変更を余儀なくされ、対応に追われることになる。
『2番目のキス』(c)Photofest / Getty Images
誰もが予想していなかったレッドソックスの大躍進、そして86年ぶりのワールドシリーズ優勝。その歴史的な日の前日、ファレリーは元々トロントで予定されていた撮影をキャンセルして、実際の試合が行われているセントルイスのブッシュ・スタジアムでの撮影を決意する(映画の大部分はボストンで撮影されたが一部のシーンは税金が優遇されるカナダで撮影されていた)。主役二人とスタッフは試合開始の数時間前にトロントから移動して球場に到着。あまりにも急に決まったためヘアメイクが同行できず、主役の二人はスタジアムに向かう飛行機の中でお互いにメイクをしあったという。熱気にあふれる内野席で一般の観客に交じってスタンバイするドリューとジミー。レッドソックスの優勝が決定的になり「バンビーノの呪い」が解けようとしたその時、ドリューとジミーは客席からグランド内に突入する。選手達と一緒にワールドシリーズ優勝を祝い、映画のラストシーンを演じるドリューとジミー。演技ともリアルとも判断付かない状況をFOXスポーツのテレビカメラが生中継した。その映像が映画のラストシーンでも使われている。
勝てないレッドソックスをテーマにした映画の撮影中に、当のレッドソックスが86年ぶりにワールドシリーズを制覇してしまった。フィクションと現実がドラマティックな出会いを果たした瞬間。映画の神様がファレリーに微笑んだ。そう、ファレリーは「持っている」監督なのである。オスカーも獲るべくして獲ったということかもしれない。そういえば『グリーンブック』でファレリーにオスカー像を渡すジュリア・ロバーツは、まるで映画の女神のように美しかった。
参考資料:『2番目のキス』DVD特典映像
文:小沢達生
広告映像を作っています。CINEMORE編集部員。『サボテン・ブラザース』は劇場公開時に東急文化会館で観ています。
(c)Photofest / Getty Images