「仮面」が象徴するもの
そもそも仮面ライダーは、悲劇の主人公だ。本郷が仮面をかぶるのは力を発揮するためでもあるが、漫画版の「仮面だけが傷跡を……心を隠してくれる」のセリフに象徴されるように、人ならざる者になってしまった己の顔を覆うためでもある。運命を受け入れ、前に進むしかない哀しみ、戦いたくない本心――。『シン・仮面ライダー』では本郷が仮面をかぶった状態で涙を流すという象徴的なシーンが用意されており、「仮面」が心情描写の装置としても機能している。
ここで思い出すのは、石ノ森章太郎の作画アシスタントである漫画家・早瀬マサトの「石ノ森ヒーローのマスクデザインの特徴は、目の下にある涙ライン」という言葉。戦う運命を背負わされてしまった悲哀や孤独は仮面ライダーのアイデンティティのひとつなのだ。
なお、石ノ森章太郎は漫画のあとがきでこう語っている。「ナニが正義でナニが悪かが判然としない現代シラケ社会で、子ども時代『正義が必ず悪に勝つ』という単純で当然だが大切な構図(信念)を、子ども時代にキチンと意識の中にとどめていただけさえすれば、それはそれで十分意味のあることだ」と。
これは、「幼児対象のTV映画、少年向きのマンガという規格の中で、作者の意図がどこまで出せたか、あるいは視聴者、読者に伝わったか」という不安を吐露したうえでの文章。石ノ森は「正義が悪に勝つ」というある種のカタルシスを子どもたちに提示するという命題を背負いつつ、「歪んだ道を歩んでいる“文明”(テクノロジーに代表される)に対する自然からの叛逆。その警告のための使者」として仮面ライダーを描いていた。
ただ、そこから50年が経過したいま――「正義が必ず悪に勝つ」の提示は、必ずしも子ども心に刺さるものではなくなったような感もある。むしろ、現代のネット社会では正義の仮面をかぶった顔のない人々が言葉という「暴力」で他者を傷つける行為があふれ返っており、「正義が悪を駆逐する」よりもメッセージとして必要なのは「衝突をなくす」ことであり、「立場の異なる他者を理解する」歩み寄りや、対話による相互理解なのかもしれない。