※本記事は物語の結末に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『救命士』あらすじ
90年代前半のニューヨーク。救急医療の最先端で闘う救命士フランクは、過酷な勤務と何ヶ月も命を救えていない罪の意識で不眠症になっていた。そんなある日、彼はメアリー・バークという女性と出会う。彼女との出会いにより、フランクは自分の人生に希望を見出すが、辛い現実は容赦なく彼に襲いかかる。
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興業・批評共に惨敗した『救命士』
おそらく『救命士』(99)は、マーティン・スコセッシの監督作の中でも、『クンドゥン』(97)と並びなかなか日の目を見ることのない映画と言ってもいいだろう。製作費の半分も稼げないほど興行的に失敗し、90年代のスコセッシの劇映画の中で、唯一オスカーにかすりもしなかった。興行・批評とどちらも振るわず、内容の難解さにもその原因が見られる。
しかし、アメリカの著名な評論家ロジャー・イーバートは、当時の批評で満点の星4つを付け激賞していたり、主演のニコラス・ケイジも、自身の出演作のお気に入りの5本の中に選んでいたりと、埋もれてしまうには大変惜しい作品であるのは間違いない。また本作は、スコセッシ監督の『タクシードライバー』(76)のB面的な見方もできる作品である。今回はそんな『救命士』を取り上げてみたいと思う。
『救命士』はジョー・コネリーによる同名小説が原作であり、彼が実際に救命士としてマンハッタン区のヘルズキッチン周辺で働いた経験をもとに執筆されている(ちなみに原題の『ブリング・アウト・ザ・デッド』は『モンティ・パイソン・アンド・ホーリーグレイル』/75でのジョン・クリーズのギャグが元ネタである*1)。本書はアメリカで刊行されると話題になり、映画化権は瞬く間に売れ、パラマウントとタッチストーン・ピクチャーズの共同製作で映画化されることとなった。
『救命士』予告
監督として起用された当時のスコセッシは、90年に『グッドフェローズ』を監督して以降、『ケープ・フィアー』(91)『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(93)『カジノ』(95)と話題作を次々と発表し、それら全ての作品が、オスカーに何かしらノミネートされるという、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
スコセッシが監督として起用された理由は、当時の勢いもあるとは思うが、この小説がスコセッシの代表作である『タクシードライバー』との共通点が多いこともあるだろう。荒廃した夜のニューヨークを舞台に、堕落している街に辟易としながら夜間勤務のため車で街を巡回する不眠症の救命士の姿は、映画ファンなら誰もが『タクシードライバー』のトラヴィス・ビックルを連想してしまう。(後述するが、この類似性は映画化するにあたりさらに強調されることになる)そういう意味でまさにうってつけの監督だったと言える。
主人公の救命士:フランク・ピアースを演じるのはニコラス・ケイジ。スコセッシ曰く、原作を読んだ際に真っ先に浮かんだのが彼の顔と目だったそうだ*1。静かな時はとことん静かだが、反面、振り切れる時は思わず笑ってしまうほど過剰になってしまうのが、彼の持ち前の演技スタイル。それが、内省的で憔悴しきっているが、理不尽すぎる展開の数々に次第にヤケクソになってくる主人公にドンピシャでハマっている。さらにヒロインにはパトリシア・アークエット、主人公の同僚にジョン・グッドマン、ヴィング・レイムス、トム・サイズモアという、間違いない人選が脇を固めている。