宇宙人、そして月
幻の企画となってしまった『スーパートイズ』は、思いもかけない形でスピルバーグの元に舞い戻ることになる。キューブリック夫人のクリスティアーヌが、スピルバーグに「あなたが作らなければ、この映画は決して日の目を見ないでしょう」と製作を直談判したのだ。キューブリックの遺志をスピルバーグが引き継ぐことは、おそらく運命だったのだろう。1,000枚に及ぶストーリーボード、90ページに及ぶプロットを元に、スピルバーグは自らシナリオを書き始める。映画『A.I.』(01)が始動した瞬間だった。
現在までにスピルバーグが脚本家としてクレジットされている作品は、『未知との遭遇』、『ポルターガイスト』(82)、『フェイブルマンズ』(22)、そしてこの『A.I.』の4本しかない。もちろん、キューブリックへの畏敬の念を表すために自らペンを取った側面もあるだろうが、それ以上に自分自身の映画として創りたいという想いがあったのではないだろうか。
不思議なショットがある。まだスウィントン家に来て間もないデイビッドが、食事をとっているヘンリー(サム・ロバーズ)とモニカ(フランセス・オコナー)をじっと眺める場面。ドーナツ型の吊下げ灯の中心に、デイビッドの顔が収まっている。まるで宇宙船から来た異星人が、地球人の生態をチェックしているかのように。
『A.I.』(c)Photofest / Getty Images
もしくは、デイビッドがスウィントン家に初めて姿を表す場面。極端に被写界深度が浅いために、ピントが合うまでは棒人形のようなシルエットに見える。その姿は、『未知との遭遇』の異星人のようだ。スピルバーグは、A.I.をまるで未知の惑星からやってきた宇宙人のように描き出す。それは『未知との遭遇』、『E.T.』(82)、『宇宙戦争』(05)で描いてきた、極めてスピルバーグ的なモチーフだ。
そしてこの映画では、何度も<月>が反復される。ジャンクフェアのハンターたちが廃棄ロボットを襲う場面(まるで、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(97)で人間が恐竜狩りするシーンのようだ)では、満月の形をした気球が登場する。未来のロボットがデイビッドに「今こそ君に幸せを」と語りかける場面では、部屋の中央の窓に大きな満月が写っている。スピルバーグの製作会社アンブリン・エンターテインメントのロゴが、月夜を自転車で飛ぶ『E.T.』のワン・シーンであることからも、<月>もまたスピルバーグ的なモチーフといえる。
宇宙人、そして月。スピルバーグはフィルムにはっきりと、シグネチャーを刻んでいる。