※本記事は物語の結末に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『A.I.』あらすじ
「愛」をインプットされた少年型ロボット、デイビット。スウィントン夫妻は不治の病にかかった我が子の代わりに、彼を試験的に養子に迎え入れた。母モニカは、いつしかデイビットを本当の子供のように思い始める。しかし、実子が奇跡的に回復し、家に帰ってくると、デイビットは居場所を失ってしまう。母親の愛を求めたデイビットは、人間になる方法を探して旅に出るのだった……。
Index
キューブリックとの<第三種接近遭遇>
ある雨の日、高校生のスピルバーグ少年はサンノゼの映画館の列に並んでいた。すると、息子を発見した父親が自動車から突然飛び出してくる。手渡された手紙に書かれていたのは、「軍の身体検査に出頭せよ」。アメリカには選抜徴兵登録制度という制度があり、18歳から26歳未満の男子は登録しておく義務があるのだ。スピルバーグは、「自分の人生はあと1年以内に終わるかもしれない」とショックを受ける。息子の心中を慮り、「家に帰ろう」と優しく語りかける父親。だが、生粋の映画マニアである彼はこう答えたーーー「いや、僕は映画が観たい」。
そのまま映画館に駆け込むと、上映された作品にすっかり夢中になってしまう。強烈なブラック・ユーモア、俳優たちの素晴らしい演技。一風変わったSFコメディにのめり込み、徴兵の手紙のことなんかすっかり忘れていた。それだけの破壊力を、その映画は備えていた。作品のタイトルは、『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(64)。スティーヴン・スピルバーグが初めてスタンリー・キューブリック作品に“ファースト・コンタクト”した瞬間だった。
キューブリックとの“セカンド・コンタクト”は、大学生の時に観た『2001年宇宙の旅』(68)。車でハリウッドのパンテージズ劇場まで向かい、長蛇の列だったため鑑賞するまでに3時間も待たされた。ようやく映画館に入場したときには、スピルバーグの期待値はパンパンに膨れ上がっている状態に。大きなスクリーンで目撃したSF叙事詩は、その期待を余裕で上回る。宇宙の深淵に触れるかのような、強烈な映像体験。友人たちは「ドラッグをしてから映画を見ると、より体験が高まる」と語っていたが、スピルバーグはドラッグ無しで誰よりもハイな状態になった。キューブリックの映像マジックが彼の精神に直接働きかけ、大きな作用を及ぼしたのだろう。
もちろん、『時計じかけのオレンジ』(71)にも激しく心を揺さぶられた。暴力。暴力。暴力。とにかく暴力で塗りたくられた、近未来バイオレンス・カーニバル。スピルバーグは「社会に対して完全に絶望している映画だ」と感じ、「キューブリックがイギリスの片田舎に隠遁しながら生活しているのは、その絶望ゆえなのだろう」と夢想したりもした。若き映画マニアの彼にとって、スタンリー・キューブリックという名前は特別な意味を持ち始めていた。
スピルバーグがキューブリックと初めて<第三種接近遭遇>したのは、1980年のこと。映画マニアだった青年は『ジョーズ』(75)、『未知との遭遇』(77)とヒット作品を立て続けに放ち、すでにハリウッドでは若き天才フィルムメーカーと目されていた。彼は『シャイニング』(80)のセットを建設中だったキューブリックの元を訪ね、映画について大いに語り合う。キューブリックもまた、ハリウッドに舞い降りた新しい才能に注目していた。二人の偉大な映画監督は、その後も長年に渡って友情を育むことになる。