2024.03.05
名優サマンサ・モートンの凄みとラストの切れ味
とはいえ息を呑むような映画的な瞬間もある。映画の中盤、ゾーイ・カザン演じるジョディ・カンター記者がロンドンに赴き、ゼルダ・パーキンスという女性と一対一で会う。ゼルダはかつてハーヴェイ・ワインスタインのアシスタントとして働いた経験があり、口封じのための秘密保持契約の存在を告白し、重要な証拠書類をカンターに渡す。契約を破棄するリスクを負ってでも世に訴えようと決めた強固な意思が、緊張が解けることのない彼女の言葉と表情から痛いほど読み取れる。
ゼルダを演じたのは『ギター弾きの恋』(99)『モーヴァン』(02)で知られる名優サマンサ・モートンで、途上するのはこの1シーンのみ。しかし9分間ほぼ一人で語り、カンターに後を託して去っていく。取材に行き詰まっていたジョディたちにとって潮目が変わった瞬間を、その存在感と迫真の演技でみごとに表現しているのだ。
『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(c)Photofest / Getty Images
映画では原作を刈り込んで脚色しているわけだが、原作にはなかった要素も付け加えられた。仕事だけでなく子育てにも追われるカンターの日常や、トゥーイーが抱える産後うつの問題といったプライベートな一面だ。
脚本を執筆したレンキェヴィチは、英国映画アカデミーのインタビュー企画で興味深い話をしている。アンナプルナとプランBはカンターとトゥーイーの著作の映画化権利を出版前に取得しており、レンキェヴィチが関わった段階ではまだ執筆中だった。脚本に取り掛かろうにも、参照すべき原作はまだ存在していなかった。章がひとつ書き上がると、その草稿がレンキェヴィチのもとに送られてきたという。
レンキェヴィチはまずカンターとトゥーイーの家を訪ね、彼女たちの生活を見て、話を聞くところから始めた。「SHE SAID」を書くにあたってカンターとトゥーイーが自分たちを前面に出さないように配慮したことはすでに述べたが、映画では取材を進める彼女たちが主人公的存在にならざるを得ない。2人の日常描写は、取材の大変さだけでなく、仕事をする女性たちが直面する困難という、もうひとつのレイヤーを作品に付け加えることに成功している。
BAFTAの脚本家講義シリーズ:『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』脚本家レベッカ・レンキェヴィチ
脚色の妙でいえば、物語をどこで終わらせるべきか、幕の引き方が実に素晴らしい。ネタバレに配慮してここでは詳細を書かないが、シュラーダー監督とレンキェヴィチは、まさに報道かくあるべしという、絵的には地味でもこの映画を締めるにはこれしかないと思わせる瞬間を完璧に選び取った。その切れ味の鋭さにおいて、過去に調査報道を描いたどんな名作にも勝るとも劣らない最高のラストだと断言したい。