1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. MEMORIES
  4. 『MEMORIES』個人・社会・国家の記憶を紡ぐ、爆裂オムニバス映画
『MEMORIES』個人・社会・国家の記憶を紡ぐ、爆裂オムニバス映画

©1995 マッシュルーム/メモリーズ製作委員会

『MEMORIES』個人・社会・国家の記憶を紡ぐ、爆裂オムニバス映画

PAGES


『MEMORIES』あらすじ

帰還途中の宇宙飛行士たちが朽ちた宇宙船に迷い込み、孤独に死んだ天才ソプラノ歌手によって作り出された幻に搦めとられる「彼女の想いで」、ある薬を飲んだことから、その体で毒ガスを生産する殺人兵器となってしまった男の行く末をブラックユーモアで描く「最臭兵器」、移動砲台都市で、大砲を撃つためだけに働く住人たちの平凡な1日を淡々と描写する「大砲の街」の3本からなるオムニバス。


Index


大友克洋が描き続ける、“記憶”の回路



 大友克洋は、“記憶”の作家だ。


 彼の物語では、個人の感情よりも、むしろ場所そのものが背負ってきた記憶が、都市や人間の振る舞いを決定してしまう。初期の代表作「童夢」(連載:80-81 単行本:83)は、表層的には超能力者同士の対決を描くバトル・アクション。しかし、集合住宅という空間が抱え込んだ暴力の残滓が、サイキック老人・チョウさんと共振するように膨張していく描写には、都市そのものが記憶を帯び、歪んだ形で噴き出すという構造がすでに立ち現れている。


 代表作「AKIRA」(連載:82-90)にも、過去の蓄積が現在を縛り続けるという構図がみられる。舞台となるのは、第三次世界大戦から復興の途上にある2019年のネオ東京。オリンピックの開催が目前に迫り、復興の象徴として建てられた巨大スタジアムは、未来を指し示すランドマークだ。国家は華やかなイベントによって記憶の上書きを図るが、その奥底には、国家が隠蔽してきた人体実験の痕跡が沈殿している。「AKIRA」における能力の暴走は、忘却したはずのトラウマが都市を揺り戻すという、“記憶の回帰”として立ち上がってくるのだ。


 「記憶が世界を変形させる」という感覚こそが、大友克洋作品を貫く重要ファクター。そして、三篇から成るオムニバス映画『MEMORIES』(95)は、その系譜を最も明確なかたちで結晶させた作品といえる。タイトルそのものが示すように、ここでは記憶という主題が三つの異なる物語に正面から据えられ、それぞれが個人・社会・歴史の層へと分岐しながら、同一の問題を異なる角度から照射していく。



『MEMORIES』©1995 マッシュルーム/メモリーズ製作委員会


 第一話『彼女の想いで』(監督:森本晃司)は、漂流ステーションからの SOS に応じた乗組員たちが、オペラ歌手エヴァの記憶で満ちた空間へ迷い込む物語。豪奢な居室や装飾、エヴァの声や姿を模したホログラムはすべて、かつての栄光を刻んだデータの断片だった。探索が進むにつれ、現実と幻影の境界は曖昧になり、乗組員たちは過去が物質化した空間に呑み込まれていく。個人の想い出がただの回想ではなく、物理的な環境として立ち上がり、現在の世界を歪めてしまう。「記憶が現実を変形させる」という大友的テーマが、もっとも直截に現れるエピソードとなっている。


 第二話『最臭兵器』(監督:岡村天斎)は、冴えないサラリーマンが事故によって最新生物兵器の作用を身体に宿してしまい、国家的パニックの中心に立たされるドタバタコメディ。田中の放つ悪臭は都市中に広がり、軍や官僚は事態を隠蔽しようと右往左往しまくる。だが、この騒動の背景には、科学技術と軍事研究が長年蓄積してきた、社会の負の記憶がある。このエピソードは単なるおならギャグではなく、社会全体が長年見ないふりをしてきた問題が物質化したものなのだ。


 そして第三話『大砲の街』(監督:大友克洋)は、巨大な砲台を中心に据えた街で、人々が毎日決まった時間に敵も知らぬまま砲撃を続ける異様な生活が描かれる。家族も仕事も教育も、すべてが砲撃という営みを軸に組み立てられ、住民たちはその不可解さを疑問視することすらない。大砲の街とは、戦争という歴史の記憶を反復する巨大な装置。過去の戦争が残した痕跡が、空間の構造と生活のリズムを規定し続けている。


 つまり『MEMORIES』とは、


第一話:個人の記憶

第二話:社会の記憶

第三話:歴史/国家の記憶


という三層構造で記憶を広げていく作品なのだ。




PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
counter
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. MEMORIES
  4. 『MEMORIES』個人・社会・国家の記憶を紡ぐ、爆裂オムニバス映画