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『汚れた血』前代未聞の疾走、スピードの魔法は伝染する

『汚れた血』前代未聞の疾走、スピードの魔法は伝染する

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アンナとリーズ、2人の天使



「この映画を撮っている間、私は映画に恋をした」(ジュリエット・ビノシュ)*3


 黒髪のアンナとブロンドのリーズ。この時期のジュリエット・ビノシュとジュリー・デルピーの共演作という点でも、『汚れた血』は非常に貴重な記録となっている。若き2人の俳優の才能、特別なフォトジェニーは、本作の不可欠な要素だ。当初レオス・カラックスは、アンナ役にマルーシュカ・デートメルスを考えていた。しかしジュリエット・ビノシュが現れる。レオス・カラックスと初めて会った際、ジュリエット・ビノシュは、自分にはアンナ役は演じられないと申し出ている。たしかに『汚れた血』のアンナ役は、当時の彼女の代表作といえる『ランデヴー』(85)における、爆発的な演技とはまったく異なっている。


 最初の面談は決してよい感触ではなかった。しかしレオス・カラックスは、ジュリエット・ビノシュを説得する。彼女の中に「常に反抗し続ける、反抗的な美しさ」を発見する。ジュリエット・ビノシュは考えを改める。レオス・カラックスの瞳の中にアンナを見つけたという彼女の言葉が美しい。そしてこの映画に出演しなければ、人生最大の過ちになるだろうと思うようになる。彼女の直感は正しかった。


 レオス・カラックスとジャン=イヴ・エスコフィエは、ソフトライトの発明者の一人であるマリアノ・フォルチュニに触発された照明セットとカメラの技巧を駆使して、アンナ=ジュリエット・ビノシュを徹底的に輝かせる。カメラは肌に近づいていく。その目的は、単に“ミューズ”をクローズアップすることではない。ジュリエット・ビノシュへのクローズアップは、“クローズアップとは何か?”という、映画を構成している根源への問い、または探求になっている。まさしく顔の“発見”がここにはある。映画自体がアンナやリーズのフォトジェニーや、アレックスの躍動する身体に恋をしているのを“発見”する。この映画の観客は、その“発見”に瞳を輝かせる。恋に落ちる。その志の高さは、ジャン=イヴ・エスコフィエの次の言葉によく表わされている。


「人の肌に近づくと、親密さを抱くのと同時に、非常に壊れやすいものに触れているような感覚になります。同時に、顔は感情的な力を強く持っています。」*3



『汚れた血』4Kレストア版


 そしてジュリー・デルピーが演じる、“バイクに乗った天使”リーズ。アレックスは恋人が背中にいる感覚を知る。アレックスとリーズは、背中合わせになって森の中を歩く。リーズの“作られた笑顔”とアレックスの涙という“双頭性”。リーズという名前は、本編に引用されているジャン・グレミヨンによる『父帰らず』(30)のヒロインの名前を元にしている。アンナがテレビモニターで見ている映画がこの作品であり、さらにアレックスがリーズに腹話術で聴かせる歌は、『父帰らず』のメロディーをなぞっている。


 『父帰らず』は異様な傑作である。嫉妬に狂って妻を殺害した男性が、刑務所から帰還する。男性の一人娘であるリーズは、父親の犯した罪に理解を示す。リーズは父親のことを愛してさえいる。おそらくレオス・カラックスは、『父帰らず』のリーズのイメージを分身させ、アンナ=ジュリエット・ビノシュとリーズ=ジュリー・デルピーの2人それぞれに投影させている。『父帰らず』においては、父親が大きな体格のせいか、成人した女性であるはずのリーズが、まるで子供のように見える。『汚れた血』のアンナが30歳でありながら、ときに子供のように見えること、そしてアレックスが赤ちゃんをあやすようにアンナを元気づけるシーンとイメージが重なっている。


 リーズはスピードの天使である。美しいブロンドヘアが風になびく。速度が伝染していく。リーズがアレックスを追いかけるときの速度。アレックスがアンナを追いかけるときの速度。映画の終盤、飛行場に向かう車の中で、マルクは「もっと速く!」と何度も要求する。そしてリーズを起点とするスピードの恍惚は、アンナへと伝染していく。しかしこの映画では、全員が別々の方向にスピードを加速させていく。若い3人のスピードが、正しく交わらない。そのグラデーションが絶望的なほど美しい。



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