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『汚れた血』前代未聞の疾走、スピードの魔法は伝染する

『汚れた血』前代未聞の疾走、スピードの魔法は伝染する

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恋に落ちた映画



 アンナがアレックスに言うように、視線は突き抜けてくる。2人で黙っているときでさえ、アレックスの言葉は突き抜けてくる。視線と音声がすれ違い続ける。アレックスの特異な腹話術のように。『汚れた血』の高揚するスピードは、他人と同期することができない孤独なスピードだ。だからこそレオス・カラックスは、パラシュートで2人が抱擁するシーンをアレックスとアンナの「最初の出会い」と呼ぶ。アレックスとアンナは、世界の重力から解き放たれ、空に漂う。すべての音が止まる。しかし、ここでもアンナは気絶している…。


 「俺の人生は乱雑に書きなぐった下書きだ」。アレックスはランダム性の中に人生の冒険を見出す。サイコロを転がすように。カードをシャッフルするように。「モダン・ラヴ」が流れるラジオのチューニングが、無作為の偶然性に任せられたように。そして銃で撃たれる。アレックスの腹に詰められたコンクリートが砕かれる。若すぎる死を前にして、アレックスの身体は初めて軽さを獲得していく。



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 負傷したアレックス、アンナ、マルクとハンスが飛行場へ向かうカーチェイスシーンの出色ぶり。4人の乗る車の後ろには、“バイクに乗った天使”のリーズとマルクが恐れる“アメリカ女”(素晴らしきキャロル・ブルックス)の乗った車が追いかけてくる。道中、アレックスは路上を歩く“白いドレスの女”を目撃する。アレックスは、死を前にして視線の不確かさ、すれ違いを知る。しかしこの恋を振り返るための時間は与えられない。車は猛スピードで進み続ける。マルクは「もっと早く!」と加速を促す。汚れのなさは、もはやスピードの中にしか存在できない。


 そして若さのスピードは交わることなく分散する。絶望的に美しいグラデーションを形作る。ジャン=イヴ・エスコフィエによると、ラストシーンを撮っているとき、感情が高ぶりすぎて何度も撮影が中止になりかけたという。ジュリエット・ビノシュは、本作の公開後に美しい言葉を残している。


「『汚れた血』は旅への扉を開いてくれた。撮影が終わった後、私は旅に出た。なぜなら、この映画はある意味で今も続いているからだ。」*3


 『汚れた血』は1986年の11月にフランスで公開され、“最初で最後の映画”と称賛された。この映画に恋に落ちた観客と共に人生を歩む、一度しかない映画、孤高の映画である。ジュリエット・ビノシュの言うように、本作の旅は終わっていない。前代未聞の幸福を追いかける魂は、観客に伝染する。『汚れた血』は、現在も尚、無垢であることの不可能性に挑戦し続けている。


*1「Cahiers Du Cinema numero.390」(1986)

*2「Cahiers Du Cinema numero.365」(1984)

*3「Cahiers Du Cinema numero.389」(1986)



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。




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