ボーイズIIメン「ベンデッド・ニー」のMVが示唆するもの
映画はまず、主人公ブレイクがぼろぼろの格好で野宿をしながら森の中を彷徨っている姿を映し出す。どうやら彼は、薬物のリハビリテーション施設から逃げ出し、自邸へと徒歩で向かっているようだ。鮮やかな赤い色のボトムを履いたブロンドヘアの青年が草をかき分けながらふらふらと歩いている様子からは、なにか倒錯した美しさと寓話のような象徴性が感じられる。
邸宅に着いたブレイクは、邸宅をしばらくうろつき、シリアルを食べ、女性もののスリップと下着に着替えて、ブーツを履いたままゆっくりとスローモーションのように倒れ込んでいく。この静止したように見えるほどの異様に緩慢な動きは、薬物症状によるものと考えられ、おそらく彼はどこかのタイミングで薬物を摂取したのだということが分かるようになっている。TVからは、1994年にリリースされたボーイズIIメンのヒット曲「ベンデッド・ニー(On Bended Knee)」のミュージック・ビデオが流れている。

『ラストデイズ』(c)Photofest / Getty Images
カート・コバーン本人は生前、ステージやプライベートで、ワンピースやドレスを着ていた。それは“男らしさの強要”を嫌い、ジェンダー的な役割を押し付けようとする社会への反抗精神からだったと考えられる。それが念頭にあるのならば、ここでカートをイメージしたブレイクが女装をする意味は、薬物の影響下にありながらも自分が自分であろうとする防衛的な反応だったのかもしれない。こうした姿と不穏さの結合は、むしろ後半で流れるヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「毛皮のヴィーナス」に呼応しているといえよう。
しかし、ここで鳴っているのは、あくまで「ベンデッド・ニー」。多くの観客は、ここでボーイズIIメンが説明もなく登場することに戸惑うのではないだろうか。第一、作風のトーンにも合わない。これは、ブレイクが長い時間をかけて膝を曲げていく瞬間に「On Bended Knee(ひざまずいて)」という曲が流れるという暗いユーモアなのかもしれないし、同時に、音楽業界の趨勢の移り変わりや商業性が皮肉なかたちで表現されているのかもしれない。
とはいえ、ボーイズIIメンを“商業性の象徴”としてニルヴァーナの対極に置きたいわけではないだろう。何故なら、ニルヴァーナこそアルバム「ネヴァーマインド」を、ロック史上における世界的大ヒットに到達させたバンドだからである。ヒットチャートが目まぐるしく入れ替わっていく音楽業界の流れに自身も加わっているという実感からくる、一種の虚無感をブレイクに体現させるというのが、この選曲の背後にあるのではないだろうか。