オスカーも受賞したジェシー・バックリーの役作り
この対談では『ハムネット』の音楽に関する話題も出た。今回の映画の全体の音楽を担当しているのは英国の作曲家、マックス・リヒターである。後半のクライマックスでは、彼の既成曲「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」(リヒターのアルバム「ブルー・ノートブック」収録)が流れ、人物たちの感情の動きが伝わってくる。
最初はこの曲がない構成で、監督はクライマックスが盛り上がりに欠けている気がしていたという。
「そんな時、ジェシーがリヒターのこの曲を携帯電話に送ってくれたんです」と監督は対談で語っていた。「私は車の中にいて、外は雨が降っていました。この曲を聴いて涙があふれてきました。実はその前にある別れを経験していました。その喪失の痛みを抱えていましたが、その時、愛は消えるものではないと気づきました。私は外に出て、雨に触れたくなりました。自然を感じたかったのです。そして、愛を失うことが怖いとは思わなくなりました。ジェシーはこうした感情について教えてくれました。だから、あのクライマックスは私と彼女のコラボレーションだと思います」
リヒターのこの曲は、すでに『メッセージ』(16)や『シャッター・アイランド』(10)他、いくつかの映画にも登場しているが、この映画ではジャオが経験したのと同じように、言葉を超えた強い感情をうながす。
アグネス役のジェシー・バックリー自身は、今回の役についてBBCのラジオ番組「フロント・ロウ」の中でこう語っている――「シェイクスピアやアン・ハサウェイを誰も直接は知らないところが、むしろ助けにもなりました。彼の戯曲を見て、その作品に出てくるヒロインたちを観察すると、彼は愛の大きさを理解し、それが女性にとって自然な力になっていたことに気づいていたのではないかと思えます」
また、アグネスに関しては「自分自身の独特な言語を持っていたと思います。それはすでにカルチャーの中で失われてしまった言語で、夢やメタファーに関する言語です。それは自然の中から生まれています。彼女は自然界と強い関係があり、生や死ともつながっています」

『ハムネット』©2025 FOCUS FEATURES LLC.
バックリーが見たジャオ監督は「すごく自信を持っていて、未知のことを見出すことに興味を持っていた」と語り、それによって映画に活気が生まれたと感じているようだ。
彼女はもう一本の主演作『ザ・ブライド!』(26)では、女優でもあるマギー・ギレンホール監督と2度目のコンビを組み、フランケンシュタインの花嫁を演じて大胆な役作りを見せている。「特に女性監督の作品だけを選んで出演しているわけではないけれど、こうした女性監督との仕事は多くを学べる機会になっていて、世界における自己発見を深めることができると思います」とも語っていた。
実は筆者は『ザ・ブライド!』に関しては、バックリーにオンライン取材をする機会があったが、隣にいたギレンホールとは本当に仲が良さそうで、貫禄ある姉貴であるギレンホールが妹のバックリーを見守っているような印象も受けた。
バックリーの魅力に初めて気づいたのは、カントリー・シンガーをめざす奔放な性格のシングル・マザー役の『ワイルド・ローズ』(18)を見た時で、あまりの歌のうまさに感動した。同じ頃に公開された『ジュディ 虹の彼方に』(19)ではジュディ・ガーランドの堅物マネージャー役だったが、同じ女優とは思えない変身ぶり。その演技のふり幅の広さに驚き、未来への期待も込めて、映画誌「スクリーン」でその年のベスト女優に投じた覚えがある。そして、ノミネート2度目にして、今年はアカデミー賞の主演女優賞も受賞。クロエ・ジャオやマギー・ギレンホールといった挑戦を恐れない女性監督との仕事も経ることで、さらにおもしろい存在になりそうだ。