1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ハムネット
  4. 『ハムネット』知性と野生が交差する、喪失と再生の物語
『ハムネット』知性と野生が交差する、喪失と再生の物語

©2025 FOCUS FEATURES LLC.

『ハムネット』知性と野生が交差する、喪失と再生の物語

PAGES


ハムネットをめぐる映画――『シェイクスピアの庭』との比較



 シェイクスピアと息子の関係が映画で描かれたのは、今回が初めてではない。2018年にすでにケネス・ブラナー監督・主演の『シェイクスピアの庭』が作られている。『ハムネット』を見た後に再見してみると、まるで続編ではないかと思えるほど共通点が多かったことに気づいた。


 主人公は晩年のシェイクスピアである。グローブ座が火事で燃え、彼は仕方なく故郷に戻ってくる。20年ぶりの帰郷という設定だ。そこには年上の妻、アンとふたりの娘、スザンナとジュディスがいる。長女はすでに結婚していて、子どももいる。次女のジュディスにはハムネットという双子の兄弟がいたが、子どもの時に亡くなった。


 彼の帰郷に対して家族の女たちは冷ややかだ。妻はハムネットの死の時に冷淡だった夫を責める。次女は自分が生き残り、ハムネットが亡くなったことに罪の意識すら抱いていて、彼の死をめぐり父親と激しい口論になる。ハムネットの死から歳月が流れているが、家族の間には溝がある。女性の力が弱かった時代に跡継ぎである長男が幼くして亡くなった一家の悲劇が浮上する。


 シェイクスピアは息子のために庭を作り始める。最初は冷ややかだった妻も彼に協力するようになる。『ハムネット』が現在進行形で息子の悲劇を描いているのだとしたら、こちらはその後の家族の心のわだかまりに焦点があてられる。



『ハムネット』©2025 FOCUS FEATURES LLC.


 脚本を書いているのは、英国のコメディ界の才人のベン・エルトン。亡霊として少年のハムネットが現われ、父親に語りかける場面もある。特に彼が父の書いた「テンペスト」の有名な最後のセリフを言う場面は印象に残る。こうした父子の関係も含め、『ハムネット』のその後を描いた作品として見ることもできるだろう。


 演出はまるで違っていて、ジャオ監督は英国の演劇的な手法にとらわれず、自然界の摂理を生きる妻の視点を打ち出しているのに対して、こちらは演劇畑のブラナーがかっちりした演出で老いたシェイクスピアとその家族を見つめた作品だ。


 80年代のブラナーは英国演劇界に登場したシェイクスピア劇の若き才人だった。ワーキング・クラス出身の彼はシェイクスピア演劇を現代的にとらえ直し、映画の世界では1989年の監督デビュー作『ヘンリー五世』でいきなりアカデミー賞の作品賞と監督賞候補となった。いい意味で大衆的な活力がシェイクスピア映画にもたらされ、はずむように明るい『から騒ぎ』(93)やゴージャスな4時間の大作『ハムレット』(96)などを作り、シェイクスピア映画の新しい旗手となった。


 過去にローレンス・オリヴィエが作った『ヘンリィ五世』(44)は様式美の映画だったが、ブラナーは若々しく、型にとらわれないバージョンを作り上げていた。この映画の直後に日本のグローブ座で2本のシェイクスピア作品(「夏の夜の夢」「リア王」)を上演した時、若きブラナーに取材したことがある。かなり野心的で、ハリウッド進出にも意欲満々。エンタメ感覚の強いシェイクスピアものをめざしていた。


 しかし、それから長い時間が流れ、遂に『シェイクスピアの庭』ではシェイクスピア自身を演じることになった。妻のアン役はジュディ・デンチで、ブラナーとは舞台や映画で何度も組んできた。ふたりの年齢は実は親子ほど離れているが、あえて年上の妻役を演じた。少しトゲもある役がうまい女優で、長年、置き去りにされた妻のうらみがましいセリフにリアリティが宿る。どこか純粋さを持つ『ハムネット』のジェシー・バックリーとはまるで違う人物像ながら、さすがの貫禄も見せる。


また、かつてシェイクスピアがソネットを捧げた貴族役にイアン・マッケラン(どこかゲイ的なニュアンスも漂う)。ブラナー、デンチ、マッケレンと、まさに英国のシェイクスピア劇を代表する俳優たちが揃い、演劇好きがうなるキャスティングだ。かつてのブラナーは既製のシェイクスピア映画の文法を崩した革命児だったが、年を取ることで、むしろ伝統を受けつぐ立場でこの作品を作り上げた。


 一方、英国で教育を受けた時期はあっても、アジア人であり、シェイクスピアに特に深い思い入れもないクロエ・ジャオは、かつてのブラナー以上に自由な立場で、等身大のシェイクスピア像とその妻の呼吸を『ハムネット』で見事にとらえた。こうしてシェイクスピアをめぐる映画の歴史が更新されていくのだろう。



取材・文:大森さわこ

映画評論家、ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」、「スクリーン」等に寄稿。東京のミニシアターの歴史を追ったノンフィクション「ミニシアター再訪(リヴィジテッド) 都市と映画の物語 1981-2023」(アルテス・パブリッシング)で日本映画ペンクラブ賞を受賞。ウェブの「スクリーン・オンライン」で「英国 映画人File」を連載中。




『ハムネット』を今すぐ予約する





作品情報を見る



『ハムネット』

絶賛上映中

配給:パルコ ユニバーサル映画

©2025 FOCUS FEATURES LLC.

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ハムネット
  4. 『ハムネット』知性と野生が交差する、喪失と再生の物語