クローネンバーグとキング
本作を監督したデヴィッド・クローネンバーグのフィルモグラフィを俯瞰すると、この『デッドゾーン』がキングのベストセラーを手堅く映画化した「雇われ仕事」という印象を付帯させる。製作は世界的な名プロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティス、そして脚本は後年『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(89)『リーサル・ウェポン2/炎の約束』(89)で名を轟かすジェフリー・ボーム。クローネンバーグ的には、直前の監督作である『スキャナーズ』(81)や『ビデオドローム』(83)ほど視覚的に残酷な描写もない。また盟友である作曲家ハワード・ショアさえ、音楽を担当していない。そうした要素から、本作にはどこか“よそ行き”の表情が感じられる。
だがクローネンバーグ自身にとって、この映画はその後の作品展開を大きく広げる経験となった。『デッドゾーン』はそれまで自作の脚本に自らが関与してきた彼が、初めて他人の原作と脚本を引き受けた長編だ。そのうえで後年のインタビューでは「(『デッドゾーン』によって)原作に忠実であるためには、原作を裏切らなければならないことを学んだ」(※1)という重要なことを語っている。つまり小説の筋や台詞を忠実になぞることよりも、読んだときに得た感触を映画の形に置き換えるのだ、と。

『デッドゾーン』THE DEAD ZONE (C) 1983 Dino De Laurentiis Corp.
こうした哲学はその後「裸のランチ」や「クラッシュ」といった、他者の小説を大胆に自分の映画へとアダプトしていく、そんなクローネンバーグの出発点が『デッドゾーン』にある。
キングとクローネンバーグ。一見すると作風の異なる二人の組み合わせも、映画を観れば意外なほど馴染んでいる。
ジョニーが得る予知能力は、事故による肉体の損傷と切り離せない。5年間の昏睡から目覚めても満足に歩けず、歩行には杖を必要とする。人の過去や未来が見えるようになる傍ら、それまで送っていた生活は失われ、能力を使うほどに、社会からは距離を置かれていく。
『スキャナーズ』では精神パワーが他人の肉体を破壊し、『ビデオドローム』では映像による精神変化が肉体にも影響を及ばす。後の『ザ・フライ』(86)では、科学者セス・ブランドル(ジェフ・ゴールドブラム)の知性と肉体が、蠅のDNAを媒介におぞましく変貌していく。それらと比較すれば『デッドゾーン』の変容は穏やかこのうえない。だが精神に起きた異変が肉体を変え、それがその者の生きざまを変えてしまうというクローネンバーグのテーマ的な関心は、このジョニーというキャラクターにも例外なく反映されている。