マクレーン警部から遠く離れた境地へ
ではブルース・ウィリスの場合、どういった経緯で出演が決まったのだろう。
この時期の出演作を見ると、『ダイ・ハード』シリーズで定着したイメージを振り払うべく、涙ぐましい努力を展開していたことがうかがえる。ギリアムも彼について「『パルプ・フィクション』(94)がこの小さな扉を開いたんだね。そこで何かを証明できたから、彼はさらに先に進みたかったんだ」(*2)と考察している。
ギリアムとウィリスの出会いは『フィッシャー・キング』の頃まで遡る。出演は叶わなかったものの、同作のキャスティングの過程で二人は初めて言葉を交わした。この時、とりわけギリアムの心をつかんだのは、ウィリスが口にした『ダイ・ハード』撮影時のマル秘エピソードだったそうだ。
「マクレーン警部が足に刺さったガラスを抜きながら妻に電話をかけて涙を流す場面が大好きなんだ」とギリアムが言うと、ウィリスは「実はこの場面で“泣く”のを提案したのは僕自身だ」と打ち明けたのだそう。この一連のやりとりで、ギリアムはウィリスが単なるマッチョ俳優ではなく、内面の“弱さ”をも表現できる才能豊かな俳優であると確信したという。
『12モンキーズ』© Photofest / Getty Images
ウィリスはこの『12モンキーズ』制作の動きを知るや、熱心にギリアムにラブコールを送り続けた。その結果、彼ほどの大スターにしてみればタダ同然のギャラで出演することが決まったのだ。
その成果は“充分にあった”と言えるだろう。本作で映し出されるウィリスの姿は、”マクレーン”という殻を大いに突き破った、まさに新境地と呼べるもの。無駄な動きはせず、セリフは最小限に抑え、しかしながらこれまでにない感情表現で胸に秘めたものを発露させる。キーワードは、混乱、当惑、弱さ、無防備、虚無感。そこにはもはや不死身の男の影など一切チラついていない。ウィリスの願い通り、ギリアムは彼をこれまで見たことのない風景へと導いてくれたのである。