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『わたしを離さないで』心をかきむしる、「作り物」たちの残酷な人生

(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

『わたしを離さないで』心をかきむしる、「作り物」たちの残酷な人生


意図的な「説明不足」



 先ほども述べたように、本作で顕著なのは「説明の排除」だ。劇中では「介護人」「提供者」「ギャラリー」「“終了”を迎える」「“もしか”なんじゃないか」といったような意味深なワードが飛び交うが、それらの明確な説明は行われない。さらに、作品全体が「キャシーの回想」という形態をとっており、ファーストシーンから置いてけぼりを食らう可能性も少なくない。新任のルーシー先生(サリー・ホーキンス)という「チュートリアルキャラ」が登場するが、ある事件を起こして早々に退場してしまう。


 このような構造は「不親切」に見えてしまうかもしれないが、「親切である」「分かりやすい」というのは、他者の存在を認識しているからで、ある種作為的な行為だ。本作の登場人物は知っていることしか話せず、かつ知らないことが非常に多い。彼らの「普通」は私たちの「普通」とは全く違うのだ。他者との接し方自体教えられてこなかった状態で、何を「語る」というのだろう? 勘違いしがちなのだが、この物語はキャシーがこれまでの人生を振り返るものであり、我々に向けられた「メッセージ」や「手紙」などではない。最初から自己完結なのだ。



(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.


 カメラワークにおいてもこれらの意識は徹底されており、彼らの生活を垣間見たような「覗き見る」ショットが多用されている。物陰やドアの隙間から、階下から、或いは壁を通して聞こえる声から……と一定の距離感が常に保たれており、我々と彼らが同じ時間を「共有」している感覚を抱かせない。メロドラマにありがちな登場人物の顔のアップも多くはなく、涙がこぼれる姿を一歩引いた目線で淡々と見つめる。


 私たちの知らないところでひっそりと作られ、成長したのちに身体を切り刻まれ、静かに死んでゆく。いや、「死ぬ」という言葉すら彼らは知らない。彼らが使うのは「終了」という事務的な言葉だ。そのためだけに生まれたのだということ。そばにいる仲間は「他者」ではなく、皆同じ道筋をたどる「同類」だ。だから説明などいらない。この作品における異分子は、観客だけなのである。



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