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『ノーカントリー』主張も痛みも何もない恐怖。前時代に終止符を打つ「情の消失」

(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.

『ノーカントリー』主張も痛みも何もない恐怖。前時代に終止符を打つ「情の消失」

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バルデムにオスカーをもたらした「遅さ」と「ズレ」



 ブローリンとジョーンズがバランスをとる中で、突き抜けた「創造性」を請け負ったのがバルデムだ。「変わりゆくアメリカ」が裏テーマにある本作で、シガーの役は国籍や思考回路を含めた「異物」であることを求められた。


 ベルやモスが体現する「古きアメリカ」と対立する存在であると同時に、他の作品のキャラクターとは決定的に違う“独自性”も示す――そのため、バルデムはあえてシガーの動作をワンテンポ遅く演じたという。


 殺しに関しては素早いが、日常動作に関してはリズムを遅らせ、その“差”で違和感を強めたのだ。例えば、モスの家に侵入した際にはゆっくりと冷蔵庫から取り出した牛乳を飲み、シリアスとユーモアが入り混じった奇怪なムードを創出している。緊急時においてもシガーは全速力で走ることはなく、ぬらぬらとした動きで標的を追い詰めていく。



(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.


 モスの行方を追って女性を訪ねるシーンでは、同じ内容を幾度も質問し、あらぬ方向をじっと見つめて気味の悪さを醸し出す。商店の主人とは禅問答のような歪な会話を繰り広げ、突然のコイントスで身の危険を感じさせる。バルデムが明かしたシガーの「遅さ」は、キャラクターの得体の知れなさを形成する骨格として、見事に機能している。


 他にも、橋の欄干に留まっているカラスをいきなり撃つ、モーテルのドアを1度は閉めた後、素早く再度開ける等、予測不能な奇行を連発。単に表情をはぎ取るのではなく、感情の表出法を組み替えるという発明。その結果、機械的とも人間らしさとも違う「ズレ」が生じ、人知を超えた超自然的な「何か」の次元へと到達した。


 その助けとなったのが、劇伴の使用法だ。『ノーカントリー』では122分中16分しか音楽が流れず、その多くを占めるのはエンドロール。つまり本編ではほとんど音楽が使用されれず、観客は音楽によってムードに浸る「準備」ができない。次に何が起こるか分からない恐怖と緊張を常に感じながら画面を見続けるため、シガーの行動1つひとつがより過剰に神経にさわるのだ。



(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.


 前述したおかっぱ頭のヘアスタイルや、使用する武器がキャトルガン(屠畜用空気銃)といったビジュアル面での影響も絶大で、アントン・シガーというキャラクターはゼロ年代を象徴するヴィランとして今なお高く評価されている。本作で圧倒的な凄みを見せつけたバルデムは、『007 スカイフォール』(12)でボンドの宿敵を演じ、さらなる人気を獲得した。



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