(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.
『ノーカントリー』主張も痛みも無い恐怖。前時代に終止符を打つ”情の消失”
『ノーカントリー』と双璧を成す『ダークナイト』の存在
前述した『ノーカントリー』のおぞましさは、「何もない」恐ろしさと言い換えることもできる。目を覆いたくなるような暴力でさえ、無機質に片づけられてしまう「熱」のなさ。他人の死がどこか別次元の出来事のように見えてしまうこの距離感は、SNSが身近になった現代、より説得力をもって私たちに迫ってくる。
情の消失。この現象を描いたある映画を、最後に紹介したい。日本では本作の公開の約半年後、8月9日に封切られた『ダークナイト』(08)だ。米国では『ノーカントリー』の翌年に公開され、第81回アカデミー賞でヒース・レジャーが助演男優賞を受賞した(死後の受賞)。
前年に同賞に輝いたのは、本作で殺し屋アントン・シガーを演じたハビエル・バルデム。2年連続で悪役がオスカーを受賞したこともあり、両者は比較されることが多い(ちなみに、さらに翌年の2009年・第82回アカデミー賞で助演男優賞を受賞したのは、『イングロリアス・バスターズ』のクリストフ・ヴァルツ。これも強烈な悪役だ)。
『ダークナイト』予告
『ダークナイト』が画期的だったのは、ヒーローや正義、善悪の概念を破壊してしまったことだ。この映画に登場するヴィラン、ジョーカー(ヒース・レジャー)には、目的や信念、野心がない。自身の壮絶な過去を明かすシーンも嘘だらけで、全てが出鱈目。ただただ「壊す」ことに意味と価値を見出す快楽主義者だ。この「破壊衝動」は、第76回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞となる金獅子賞に輝いた『ジョーカー』(19)にも全く別のアプローチで受け継がれている。
『ダークナイト』の劇中で1つのハイライトといえるのが、ジョーカーが一般人が乗る船と囚人が乗る船の2つに、互いを爆破するスイッチを持たせるシーンだ。ここに、前述した「情の消失」というテーマが深くかかわっている。
生殺与奪の権利を強制的に与えたとき、人はどんな行動に出るか。この恐るべき「実験」は、『ノーカントリー』が示した「無感情な現代」を踏まえることで、より強靭に観る者の心を揺さぶってくる。ジョーカーが「試そう」と考えた背景には、シガーが示したような「人々の他者への無興味」があるからではないか――誤解を恐れずに言ってしまうと、『ノーカントリー』という“前提”があったからこそ、『ダークナイト』の“問いかけ”は一層切れ味を増したように感じる。両者に直接的な相関関係はないだろうが、共に時代を鋭く捉えたがゆえに、奇跡的な融合が生まれたのかもしれない。
『ノーカントリー』(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.
「古き」を侵すシガー、「正義」を崩すジョーカー。2人は同じく、理を破壊する者。最終的に両者は全く別の道をたどるが、観客の脳裏には、彼らがセットで記憶されているように思う。このような運命のいたずらも、本作が時代を超え、次代を作る傑作たる証明といえよう。
「何もない」まばゆい闇を見つめた『ノーカントリー』。その中に、一筋の光を見出そうとした『ダークナイト』。他者に対する「絶望」を描くのが前者なら、後者は「希望」を描いている。どちらが人間の本質か。“情”は本当に失われたのか? その答えは、きっと観客1人ひとりの内に宿っている。観る者の心の在り様を映し出す――それこそが、この映画たちの隠れた特質だ。あなたは果たして、どちらを選ぶだろうか?
文: SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」
『ノーカントリー』
Blu-ray: 1,886 円+税/DVD: 1,429 円+税
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.
※2019年9月の情報です。