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『ノーカントリー』主張も痛みも何もない恐怖。前時代に終止符を打つ「情の消失」

(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.

『ノーカントリー』主張も痛みも何もない恐怖。前時代に終止符を打つ「情の消失」

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被害者までもが「無感情」――異端の暴力描写



 では、私たち観客にとって、『ノーカントリー』はどんな映画だったのか? 初見時の記憶を呼び起こすとき、多くの方が「強烈」という言葉を思い浮かべるのではないだろうか。


 ハビエル・バルデム演じる殺し屋シガーの禍々しいオーラ、苛烈なバイオレンス、暗澹たる気持ちにさせられるダークな展開、名撮影監督ロジャー・ディーキンスの感性と技術が冴えわたる荒野のショット……日本公開から11年経った今もなお、数々のイメージがしっかりと脳裏にこびりついていることだろう。筆者は公開当時大学生だったが、鑑賞後に異常なショックに襲われたことを覚えている。


 コーエン兄弟が「自分たちの映画の中で、とびぬけて暴力的」と語るように、本作は冒頭から凄惨なシーンが連続する。開始わずか3分でシガーによる最初の殺人が行われ、その2分後にはシガーがキャトルガンを使用し、第2の殺人を犯す。さらに数分後には、モスが荒野で複数の死体を発見する。観客がシガーの「顔」を初めて観るとき、彼は保安官の首を手錠で絞めている。冒頭10分間で死体が累々と積み上がっていき、その全ては隠されることなく路上や地面に放置される。



(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.


 映画の中で人の命が奪われるとき、多少の痛みや感情的な動きがあるものだが、この映画にはそれがない。人の手によって殺されるにもかかわらず、葛藤や絶望といった感情が加害者はおろか「被害者にも」皆無なのだ。


 ここで非常に効いているのが、登場人物の背景がほぼ描かれないという点。大抵の人物は登場してすぐにシガーに殺され、こちらが感情移入する間がない。大体どんな属性かくらいしか分からず、観客が理解しようとした段階で彼らは退場してしまう。シガーと一対一で正対しているにも関わらず、「装置」としてしか扱われないキャラクターたち。これはいわゆる「モブキャラ」の扱いとは違っていて、わずかな個性すら削り取られている部分に本作の特異性がある。ある種のRPGに近い、シガーの行く先々に「存在している」のではなく、「配置されている」ような作為的な印象を与えるだろう。


 殺人マシーン的なキャラクターを描くとき、主語である「殺人鬼」や「殺し屋」を無感情に描くのはストーリー構築の常套句。この場合は、被害にあう者・敵対する者をエモーショナルに描いて対比させることで、恐怖や無残さをあおるものだ。しかし、『ノーカントリー』では両者ともに感情がない。事務処理的に殺し、殺されていく。その結果、浮かび上がるものは何か。「神の不在」だ。


 ここでいう「神」とは、人間の道徳心を象徴する存在だ。正しい行いも悪しき行いも全てを空から見ていて、前者には奇跡を、後者には裁きを与える。そして、観る者はカタルシスを得られる。逆にそれが果たされなければ、その「理不尽さ」がテーマとなる。



(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.


 クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09)、『ジャンゴ 繋がれざる者』(12)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)は現実の理不尽さを逆手に取った“映画の逆襲”を描くことでカタルシスを生み出し、遠藤周作の名作小説にマーティン・スコセッシ監督が挑んだ『沈黙‐サイレンス‐』(16)では絶望感が大きな意味合いを果たしている。


 だが『ノーカントリー』においては、神の存在そのものがむしり取られており、カタルシスも憤りも促してはくれない。逆説的に浮かび上がるのは、観客個人個人の道徳心だ。出来事と事実だけが転がるなかで、痛烈に残るのは「独り」という事実。集団意識を奪われたこの作品では、観客は物語や登場人物と繋がることができず、断絶したまま現実に戻っていく。映画を観終えた後、「強烈」という印象を抱くと同時に、荒涼とした気分に苛まれることだろう。


 この辺りは、先に述べた「古きを侵食する新しき」というテーマにも通じるところ。誰かと結託して動く「集団の時代」から、各々の判断に委ねられる「個人の時代」への転換を暗に示した映画でもあるのだ。



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