(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.
『ノーカントリー』主張も痛みも無い恐怖。前時代に終止符を打つ”情の消失”
マーク・ストロング、ヒース・レジャーが出演していた可能性も
『ノーカントリー』は、3人の男が織りなす追跡劇だ。舞台は1980年代の米国・テキサス州。昔かたぎの保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)、不気味な殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)、寡黙なベトナム帰還兵ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)が、麻薬組織が絡んだ大金を巡って追う者と追われる者に分かれ、各々の運命が交錯していく。
年齢・出身・イメージ共にぴったりだったというジョーンズがまずベル役に決まり、スケジュール等々がはまらず一時期はマーク・ストロングが登板する可能性もあったというシガー役には、当初の希望通りバルデムが落ち着いた。
「しっくりくる俳優になかなか出会えなかった」(コーエン兄弟)というモス役には、最終的にブローリンが選ばれた。実は、当初この役をオファーされていたのはヒース・レジャーだったという(娘の育児のために辞退したそう)。また、ブローリンのオーディション映像を作成したのは、『プラネット・テラー in グラインドハウス』(07)で組んだロバート・ロドリゲス監督とクエンティン・タランティーノ監督だというから驚きだ。
『ノーカントリー』(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.
紆余曲折を経て出演が決定したジョーンズ、バルデム、ブローリンの3人だが、同じ画面に集結するシーンがないにもかかわらず、見事なアンサンブルを奏でている。コーエン兄弟が「バランスを重視した」というキャスティングは、今ではほかの役者は考えられないほどだ。
本作は比較的セリフが少なく、ジョーンズとブローリンは表情や動きで感情を表現する必要があった。2人に与えられた役割は、推進力と安定感だ。物語を実質的に動かしていくのはモス(ブローリン)で、作品全体の“主眼”はベル(ジョーンズ)にある。
劇中、展開に変化が生まれるのはモスの行動に起因するため、ブローリンは前進し続けるタフさを持続しなければならない。観る者が飽きたり息切れしないように、画面に引き込んで固定する重要な任務だ。
『ノーカントリー』(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.
また、『ノーカントリー』は、「最近の犯罪は理解できない」というベルの語りから始まる。原題の「No Country for Old Men(老人のための国はない)」を象徴するセリフだ。作品全体を俯瞰で観るのが、ベルに課せられた使命。そのため、演じ手のジョーンズは作中でグラつくことなく、一貫した“良心”であり続けなければならなかった。
結果的に、ジョーンズが錨(いかり)の務めをしっかりと果たしたことで、鑑賞後も人々の心に重くのしかかる深遠な作品に仕上がったといえる。