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『トミー』ザ・フーと監督ケン・ラッセル、時代の転換点で出会った運命
自分を閉ざしたトミーの心の旅~ザ・フーのコンセプト
この映画の原作となったアルバム「トミー」が発表されたのは69年。当時、アメリカではべトナム反戦運動やヒッピー文化など、反体制運動が起き、時代の転換点だった。この時代のヒッピー文化の象徴ともいえるのが、69年のウッドストックでのロック・フェスティバルで、英国出身のバンド、ザ・フーはこのコンサートの舞台に立ち、「トミー」のテーマ曲ともいうべき、「シー・ミー・フィール・ミー」も披露している。
物語の主人公はトミーで、父は戦場で戦死。彼の死後、母には別の恋人ができるが、そこに死んだはずの父親が戻り、恋人は父を殺してしまう(アルバムでは父が愛人を殺す)。その殺人の様子を見ていた息子、トミーは「けっして何も見てもいないし、聞いてもいない」という呪文のような言葉を親に叩き込まれ、その影響で、見ることも、聞くことも、話すこともできない少年に育ってしまう。親はいろいろな治療を試みるが、トミーの病は癒えない。やがて、ピンボールの才能があることが分かり、チャンピオンに挑んで優勝する。その後、奇跡的に病気は治癒し、救世主のように祭り上げられるが、やがては信者たちの反感を買って、親は殺され、すべてを失ったトミーだけが残される……。
『トミー』(c)1975 THE ROBERT STIGWOOD ORGANISATION LTD. All Rights Reserved.
ザ・フーのアルバムでは、物語のディテールは描かれておらず、漠然としたイメージが綴られる。当時、音楽界ではコンセプト・アルバムが注目されていた。その大きなきっかけとなったのが、67年のザ・ビートルズのアルバム「ザ・サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」で、壮大なアイデアや物語をアルバムを通じて描くことで、既成のポップ・ミュージックとは異なる方向を打ち出していた。
「トミー」もそうした流れから生まれたアルバムだったが、三重苦を背負う主人公の少年の成長物語は、ロックの可能性をさらに広げたもので、アートの高みに達した作品とまで言われ、ピート・タウンゼンドの作詞・作曲の才能、リード・ボーカリストとしてのロジャー・ダルトリーの歌唱力を決定づけた作品とも言われる。また、ロック・オペラという新しいスタイルを作り上げた作品としても注目された。
英国的な内面の深みを感じさせるトミーの心の旅は、べトナム反戦運動や学生運動などの影響で、既成の価値感が崩壊し、新しいアイデンティティを求める若者たちに強く訴えかけるものがあったのだろう。