異色作『コヤニスカッティ』のアートワークは石岡瑛子
異色作ともいえるのがハリウッドの大物、フランシス・コッポラが製作にかかわったドキュメンタリー『コヤニスカッティ』(82、ゴッドフリー・レジオ監督、配給=ヘラルド・エース)。『パッション』に続き、84年1月に封切られ、劇場2本目の作品となった。
アメリカの大都市のビルやモニュメントバレーなどの自然の映像に現代音楽の鬼才、フィリップ・グラスの壮大な曲が重なり、観客は不思議な音と映像の体験に身をゆだねることになる。これも、また、WAVEのコンセプトに合う作品だった(劇場には最新式の音響設備も備わっていた)。
『コヤニスカッティ』はPARCOの広告でも知られた石岡瑛子がポスターのアートワークを担当していた。彼女はコッポラ監督の『地獄の黙示録』(79)の日本版のポスターも手がけていて、コッポラ経由でレジオ監督と知り合い、『コヤニスカッティ』の日本での公開に力をつくしたようだ。
当時のプログラムで「私は、この映画を日本の人たち、特に若い人たちに、見てもらいたいと直感的に感じました。日本では、視覚言語・視覚伝達というものの効力がじゅうぶんでないでしょう。〔中略〕特殊な映画は、実験映画とか前衛映画というふうにカテゴライズされてしまって、マイナーな形でしか上映されない。そういう日本の状況の中にこの映画を投げ込んでみたいという気持ちが働いたのです。〔中略〕私が日本ヘラルド映画に働きかけて、結果としてこのように、シネ・ヴィヴァンで上映することにこぎつけたわけです」と語っている。
商業ルートに乗りにくかった映画を公開していくという劇場の方向性は、81年にオープンしたシネマスクエアとうきゅうとも似ているが、WAVEというビルのイメージにそって、サウンドや映像が際立つ作品にこだわる。それがシネ・ヴィヴァン・六本木のひとつの特徴だった。
音楽ファンには1階から4階までのレコードショップ、ディスクポートも魅力的に思えた。窓がないビルで外が見えないせいか、妙に集中できて、1度入ったら、なかなか出る気になれない。輸入レコードが本当に充実していて、東京の他のレコードショップにないような貴重なアルバムも揃っていた(レコード袋も、モノトーンのビルの色に合わせて、グレーに黒のロゴだった)。
音楽関係者の間でも品ぞろえには定評があったようで、そこでレコードを買う有名ミュージシャンや音楽通の作家の姿を目撃したという話をたびたび聞いたことがある。
私もいろいろなレコードを買ったが、そのうちの1枚にモーズ・アリソンというアメリカの白人ブルースシンガーのアルバムがある。彼の曲「エヴリバディ・クライン・マーシー」を私の好きな別のミュージシャン(ボニー・レイット)が歌っていて、それの原曲がほしくて、ずうっと彼のアルバムを探していたが、遂にWAVEのレコードショップで発見した。
そのアルバムは私の長年に渡る愛聴盤となっていて、12年には84歳で奇跡の初来日を果たしたモーズ本人の生歌を東京のブルーノートで聴くこともできた。
「都市のひとびとが、そこで自分の波長を創る静かな波止場」というかつてのWAVEの広告コピーに嘘はなかったのかもしれない。
インターネットがなかった時代。そこは自分と“新しい文化”の出会いを約束してくれる場所だった――。
◉見た目では在りし日の姿を思い起こせないほど、変貌を遂げている。正面にそびえているのは地上54階建ての六本木ヒルズ森タワー (2012年撮影)
次回:【ミニシアター再訪】第5回 六本木からのNew Wave・・・その2 シネ・ヴィヴァン・六本木 後編
文:大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書にウディ・アレンの評伝本「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。
※本記事は、2013年~2014年の間、芸術新聞社運営のWEBサイトにて連載されていた記事です。今回、大森さわこ様と株式会社芸術新聞社様の許可をいただき転載させていただいております。なお、「ミニシアター再訪」は大幅加筆し、新取材も加え、21年にアルテス・パブリッシングより単行本化が予定されています。