ニールの正体は?
大口:ノーランは実際には作らないとは思いますけど、続編が観たくなる映画ではありますよね。ニール(ロバート・パティンソン)の正体とかも不明確なままですし。ちなみに私は、キャット(エリザベス・デビッキ)の息子説を支持します。
山崎:その可能性は、実際にファインマン・ダイアグラムで表現できますね。私もノーランが『TENET テネット』の続編を作るとは思いませんが、今回も『メメント』(00)の時系列の反転に近いアイデアを使ってはいますね。だからさらに違うアイデアで、挑戦してくる可能性はあるかなと思います。でも、さすがに時間に関してはもう無いか…(笑)。
大口:“「回転ドア」や「アルゴリズム」を考案して、自ら時間線を閉じてしまった未来人”というアイデアは、『インターステラー』のワームホールにも共通するものです。「じゃあ、誰が最初にそれを作ったのか?」という疑問が残りますが、けっして彼らには会えないわけですよね。これは「サイクリック宇宙論における、最初の宇宙はどうやってできたか?」とか、「パンスペルミア説における、最初の生命はどこで誕生したのか?」などとも共通する謎ですが、「実は最初など無い」「ループは初めから閉じていた」という考え方もできます。
山崎:サイクリック宇宙論というのは、そもそも宇宙に始まりがあるとした場合、どうしてもその始まりが理解できないから、サイクリックにしてその問題を回避してしまったという所から生まれています。我々は「ニワトリが先かタマゴが先か」という思考から、いつまで経っても抜け出せないんですけど、元々リング状の彫刻のような宇宙が多次元空間に浮かんでいて、我々がそこを順番に再生していくように、矛盾のない1個のカセットテープがあったと思えば、おかしくはないですよね。普通の物理の問題でも、無限に広い空間は考えられませんが、小さな空間が無限に繰り返しているという考え方は、よく使われる手法です。
編集部:ちなみに先ほどのニールの件ですが、リアルタイムで逆行してきたとすれば、わりと近い未来から来ていたことになりますよね。
山崎:まあ、ムンバイで名もなき男(主人公:ジョン・デイビッド・ワシントン)とニールが出会いましたけど、役者の年齢的には両方共35歳ぐらいですね。で、ニールがいつ雇われたか分かりませんが、仮に彼が25歳ぐらいの時に45歳ぐらいの名もなき男に出会って、「過去の俺を頼むぞ!」と依頼して10年前に送ります。そして35歳になったニールは、当時はまだ35歳だった名もなき男に出会う、という感じかなと思います。
編集部:劇中、コンテナの中で寝ていたりしますが、それはまさにリアルタイムで逆行中のシーンでしたね。
山崎:そうです、そうです。ニールが未来から逆行してくる描写は、映画の中ではまったくないですけど、先述のように考えるとニールは孤独ですよね。10年間1人で逆行していたわけですから。まあ、1人かどうかは分かりませんが。もしかするとアルゴリズムは9個あるから、今回のようなストーリーが9つあって、彼のような人が9人いたのかもしれません。
編集部:ちなみに、キャットが銃で撃たれた後に逆行しますが、あれは傷を治そうとしたためなのでしょうか?
山崎:実はあれも本作のおかしな点で、逆行していても本人にとっては順行と同じことなので、怪我はむしろ悪化して行くはずですよね。だからあれも、演出だと理解した方が良いと思います。
大口:傷だけエントロピーが減少したという解釈なんですかね…?
山崎:でもそれだと、何でもアリになってしまう(笑)。そもそも逆行のセイター(ケネス・ブラナー)に撃たれたわけですから、傷は治って行くはずですし…。つまりキャットは、だんだん調子が悪くなっていって、セイターに撃たれた瞬間に傷が全快するのが正解のはずです。実際、主人公が腕のあたりをブスッと刺す場面は、そういう演出になっているんですね。だから場合によって使い分けているんですね。
編集部:最近、『インセプション』(10)を観直したんですが、当然ですが以前よりもかなり内容が理解できました。実は、ノーランの映画って、映画の中に色々と説明(ヒント)があって、実はちゃんと理解できるように作られてるんだなと思いました。
だから今回の『TENET テネット』の場合も、1回観ただけではでは分からないけど、実はあちこちで色んなことがしっかり説明されているんじゃないかと。
山崎:実は私は、公開前に『TENET テネット』を5回観ています。まず1回観て、24時間かけてプレゼン資料を作って、もう1度観て疑問点を洗い出し、またプレゼンを作るという作業を、全部で5回繰り返しています。プレゼンは100ページほどに達しました。だから映画の中に出てきた出来事を実験だと思って、実験結果を集約して、「こういうルールだからOKだ」ということをまとめて、『TENET テネット』の中の物理のプレゼンを作って行ったというわけです。そうやって整理してみると、8割ぐらいは正確なんだけども、2割ほどは演出的に逆にしたのかなというという所が残りました。例えば最後に、ニールが鍵を開けてくれるという描写がありますが、あれはニール視点で見れば、むしろ鍵を閉めていることになってしまう。あそこは今でも分からないですね(笑)。
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山崎詩郎(物理学者 東京工業大学 理学院 物理学系 助教)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。量子物性の研究で日本物理学会第10回若手奨励賞を受賞。『インターステラー』(2014)を相対性理論で解説する会を全国で100回近く実施、雑誌への寄稿やweb連載を続けている。東京学芸大学の量子力学と相対性理論の講師にも抜擢される。コマ大戦で優勝したコマ博士の異名を持ち、NHKなどTV出演多数。著書に『独楽の科学』(講談社ブルーバックス)。https://www.kouenirai.com/profile/8007
取材・文: 大口孝之 (おおぐち たかゆき)
1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。最近作はNHKスペシャル『スペース・スペクタクル』(19)のストーリーボード。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。デジタルハリウッド大学客員教授の他、東京藝大大学院アニメーション専攻、早稲田大理工学部、日本電子専門学校、女子美術大学短大などで非常勤講師。
『TENET テネット』
全国ロードショー中
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/tenetmovie/index.html
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