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『レディ・プレイヤー1』と未来のアイデンティティ 「Cinema未来館」SFは未来のシナリオか?【CINEMORE ACADEMY Vol.11】
リアルとバーチャルのコミュニティ
Q:「仮想現実の技術に対して期待すること、不安なこと」の回答が溜まってきたので見ていきましょう。
宮本:「リアルとバーチャルで人格が分離する」というコメントもあったんですが、その辺りの話も面白いですね。『レディ・プレイヤー1』の世界ってリアルとバーチャルの世界を強く紐付けする世界でしたよね。
最近「Oculus Quest2」が販売されたのですが、Facebookアカウントと紐付けしなくてはいけないというのがすごく問題になって、Twitterで炎上していました。リアルとの紐付けをさせたい企業の思惑があって、そうするとVR上で全く別個の人格でいるのが脅かされる 。そのバランスが今後のVRコミュニティにはすごく求められる気がしています。
結局なぜVRコミュニティを作りたいかと言うと、単にゲーム性が高いゲームをやりたいってだけの場合もあると思いますが、VR空間というものは現実とは別の空間であるという捉え方をしている人もいて、VR空間の中で別の人生を送りたいという欲望もあったりするわけです。
そんな時に現実と紐付けられると結構辛い。映画だと最後は現実バンザイという形で終わるのですが、多分そうではない方が良いという人たちも、一部いるのだろうなと思います。
久保:『サマーウォーズ』(09)や『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(00)といった作品も、この話に関連すると思っています。それらの作品も最終的にバーチャルの友達は全員リアルの友達になってしまいますし、それを前提としない作品って今まであったかな?と思うんですよね。
私は女の子の交流をいつも追いかけているのですが、リアルでは会っていなくとも、同じメイクが好きな日本・中国・韓国の女の子たちが繋がってコミュニケーションしていたりするので、そちらの方が進んでいるんじゃないかな、と思いますね。
宮本:選択肢が複数あるといいですよね。現実は1つしか存在しないから現実がすごいとなっているけど、複数選択肢があるのがとても大事。それぞれが閉じたコミュニティとして複数あるほうがいいという考え方と、Facebookのように全部共有しましょうという考え方とは、相性がよくなさそうだな、と思っています。
そういう話だと、久保さんの本の中でデコログというサービスが紹介されていて、すごく面白かったのですが、デコログの閉じたコミュニティのお話をお聞きしたいです。
久保:その世代の女性だったら多分皆知っている、2007年〜2011年くらいに凄く流行った携帯ブログです。そのころLTEでの通信が始まったころで、写真は1枚でやり取りする世界だったのが数枚やり取り出来るようになった頃ですね。
そのデコログの中ではデカ目の写真で溢れていました。今のスマホのように解像度が高くないから、顔ぐらいのサイズを撮った写真のやりとりがちょうど良かったのだと思います。あとはちょうど、カラコンとかつけまつげといったアイメイクが、通販でも手に入るようになった時代と重なったというのも大きいかもしれません。
デコログの中で、いかに安い道具を集めて目を大きくするかというような、情報交換が盛んになっていき、それが出来る女の子が評価されたんですね。
そしてデコログには、アクセス数ランキングというのがトップページに掲載されていたので、そこでランキング上位=アイメイクが上手な子という状態になっていました。あまり外部の人が入ってこないので「それちょっとデカ目すぎるよ」という指摘も入らずに、突出した文化が生まれたのだと思います。
私の中で『レディ・プレイヤー1』はこのデコログの流れと近いゲームだったのかな、と思っています。常にランキングが発表されてますしね。