ボクシング映画の新たな傑作である。
ボクシング映画と言えば、主人公が不屈の闘志でトレーニングを重ね、ついにライバルに勝利する、というのがおきまりだが、本作はそんな鋳型をぶち壊し、新たなボクシング青春映画の完成形を提示して見せた。
松山ケンイチ演じる瓜田はボクシングをこよなく愛しているが、試合では負けてばかりの最弱ボクサー。そんな瓜田のすすめでボクシングを始め、チャンピオンを目指す小川(東出昌大)、瓜田の指導でボクシングに目覚めていく楢崎(柄本時生)。三者の微妙な関係性と、彼らがボクシングと対峙する日常を生々しく切り取り、観客は、その生きざまに引き込まれていく。
タイトルが意味する「ブルー」とは、ボクシングの「挑戦者」が常に青コーナーサイドで戦うことに由来する。本作は、負け続けたものへの賛歌であり、胸熱の青春映画としても最高の仕上がりをみせている。
監督・脚本の吉田恵輔は30年におよぶボクサー経験の中で、挑戦し、負け続けたものたちの人生に接し、それを見事にストーリーに昇華してみせた。吉田はボクサー人生で出会った魅力的な人々を、如何にしてスクリーンによみがえらせたのだろうか。
Index
- スパーリングが見所の異色ボクシング映画
- 監督のボクシング経験が生んだ生々しいボクサーの姿
- 役作りで「負けボディ」を作った松山ケンイチ
- ボクシングの聖地、後楽園ホールでの撮影
- 監督が設計したボクシングの「殺陣」
- ボクサーが抱える矛盾
スパーリングが見所の異色ボクシング映画
Q:本作は吉田監督の前作『愛しのアイリーン』(18)の後に製作されています。『愛しのアイリーン』も傑作でしたが、当時、監督は「夢が叶って、燃え尽きた」とおっしゃっていました。前作を終え、本作を立ち上げるまでは、どんな経緯だったのでしょうか。
吉田:実は『愛しのアイリーン』の撮影時には、『BULE/ブルー』の製作も進んでいたんです。本当はこっちが先に撮るぐらいの予定だったんですが、予算の都合などでクランクインがずれて、「もしかして撮れないのかな…」って思った時期もありました。
Q:脚本は8年前に執筆を開始されたそうですが、かなり以前から構想があったんですね。
吉田:そうですね、ただし書きながら、ストーリーは変わっていきました。中学生の時からずっとボクシングをやっていたので、脚本の執筆中にも、やりたいボクシングのネタは常に変化していったんです。それで企画として成立した時に出来ていた脚本が、たまたま今の形だったという感じです。
©2021『BLUE/ブルー』製作委員会
Q:印象的だったのはスパーリングのシーンがとても多く、それが抜群に面白いことです。スパーリングはボクシング映画には必ずありますが、ここまで緻密で面白いと思ったのは初めての経験です。
吉田:今回はボクシングジムを舞台にして、ボクサーの日常を撮りたかったんです。試合ってもの凄くイレギュラーなことで、ジムの日常はあくまでスパーリングやトレーニング。だからボクシングジムがテーマなら、スパーリングシーンが多くなるのは自然なことなんです。
Q:練習生の楢崎が初めてのスパーリングで、自分より強い相手をノックアウトしてしまう場面は、感動的なほどに、興奮しました。ああいったことは監督の30年間のボクシング経験で実際にあったことなんですか?
吉田:俺は体力がないから、ジムでスパーリングすると、それで一日が終わっちゃうんですよ。だから俺にとってはジムのトレーニングはスパーリングがメイン。そうすると、ボクシング経験の浅い人の相手もするし、プロのスパーリングパートナーもする。
そうすると、相手が素人すぎて、パンチをよけられないこともあるんですよ。「そんなタイミングでパンチが来るんだ?」って。相手がプロで強い人なら、こっちはディフェンスしか頭にないけど、ド素人相手だとパンチをよけることを考えてないから、ごくまれに、モロにパンチもらってしまって、恥ずかしい思いをする(笑)
Q::スパーリングで倒れた選手が急変する描写は怖かったです。
吉田:あれも実際にあったことで、いつでも起こりうる。あるボクサーがスパーリング中に誰もいない場所にパンチを打ち始めたから、止めたんです。「大丈夫か?」って聞くと「大丈夫です」って返事してたんだけど、ちょっと休ませたら、急に痙攣しはじめた。「やばい、やばい!」って救急車呼んだら、もうすぐに開頭手術です。そういう体験が全部生々しかったから、じゃあ、そのエピソードも入れるかと。