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『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 中編】

※資料(『八つ墓村』脚本各種):筆者蔵

『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 中編】

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『八つ墓村』の原点「日本怨念記」



 橋本忍と『八つ墓村』の源流をたどっていくと、1973年に脚本が書かれた『日本怨念記』が浮上してくる。これは、設立間もない時期の橋本プロダクションで検討された企画で、平安・室町・戦国・現代の各時代で男女の諍いと怨みが描かれる。オムニバス形式になっているが、共通のキャストで各時代が描かれることが想定されており、監督も橋本、野村芳太郎、森谷司郎、大山勝美という橋本プロのメンバーが各話を監督する案と、橋本が全話を監督する案が検討された。この作品の現代パートのあらすじを、少し長くなるが要約しておこう。


 自動車会社でテストドライバーを務める良介は、社長の娘の菊子と結婚したばかり。彼女が振る舞う油揚げを好んで食べることから、狐でも憑いているのではないかと心配されるほどだった。良介は、テストコースで走行中に白い狐とすれ違う幻を見るようになる。何度かそれが繰り返されるうち、コースの斜面いっぱいに大きな狐の顔が浮かび上がってくるのを目にするようになる。それは菊子が狐の顔になって笑っている姿だった。動揺した彼は離婚を考え始める。離婚の意思を良介から打ち明けられた会社の上司は、良介と親しい設計技師の安平に相談し、離婚を思いとどまらせようとする。しかし、良介が妻以外の若い女性に思いを寄せていることを、安平は知っていた。


 菊子に離婚を切り出すこともないまま、良介は意中の女性をテストカーに乗せて、先方の両親へ挨拶するために東京から若狭へ向かう。ところが、京都の北部から日本海へと向かう丹波路のある村を走行中に車は崖から転落し、良介は落命する。報せを受けて菊子と安平は村へ駆けつけるが、良介はハンドルに身体を挟まれ、遺体を回収することもできない状況だった。良介が事故を起こしたのは、彼の生まれ故郷の村を見下ろす坂だった。安平は、動物の帰巣本能で良介が無意識に村へと近づいたことで起きた事故ではないかと推理するが、菊子は良介がこの村で生まれたわけではなく、身寄りもないことを明かす。この村で良介を育てたという男が現れ、30年前に捨て子の良介を拾ったのは、車が転落事故を起こしたこの場所だったと語る。


 やがて良介の遺体を乗せたまま車が崖の上へ引き上げられてくるが、突然、車体が大きく揺れだしてドアが開き、昔の塚がある場所へ、レーシングスーツの良介の遺体が垂直に落下してくる。すべてが終わり、新幹線の車内で事故を報じる週刊誌の記事を読む安平と菊子は、計画通りに事が進んだことを喜び合う。2人が一緒になるために画策し、テストカーへ仕掛けを施したのだ。通路を隔てた後ろの席には、全身血塗れでレーシングスーツ姿の良介が座っている。しかし、それは一瞬で消え、良介によく似たスーツ姿の青年へと変わり、彼は週刊誌に載った菊子の顔を凝視し続けている。


 『日本怨念記』の現代パートは、ミステリーとオカルトを融合させ、生まれ故郷の村、出生の秘密、事件後も続く怨霊の系譜が描かれている。いわば、橋本版『八つ墓村』のプロトタイプとも言えるだけに、本作のエッセンスを流用して『八つ墓村』が書かれたと仮定すれば、横溝の原作から逸脱していったことも不自然ではない。


 一般的に、『八甲田山』を最後の輝きとして、橋本作品は質が低下したと言われる。以降の『八つ墓村』、『幻の湖』(82)、『愛の陽炎』、『旅路 村でいちばんの首吊りの木』(86)と並べれば、言わんとするところはわからないでもない。殊に、いまだにカルト映画として嘲笑の対象になりがちな、監督も兼ねた『幻の湖』では、愛犬の殺害犯を探すヒロインの風俗嬢が遂に犯人を見つけ出し、壮絶な琵琶湖マラソン対決の果てに決着をつける。その瞬間、スペースシャトルの発射シーンに変わる伝説的な編集は、『2001年宇宙の旅』(68)の放り投げられた骨が人口衛星へと切り替わる有名なモンタージュを超えたと言われるほど観客を驚嘆させ、映画全体にわたって奇妙な逸脱を見せた作品である。


 しかし、橋本は明治時代の雪山遭難事件を描いた『八甲田山』においても、同様の視点を提示している。1974年に橋本が書いた同作の企画書には、「1961年4月、地球から飛び出したソ連のウォストーク1号からガガーリン少佐は高らかに叫んだ。(地球は青い!)宇宙時代の開幕である」という書き出しから始まり、以下、宇宙や魂について延々と書かれた後に、ようやく八甲田山の話が出てくるのだから、橋本の視点は前述の『鉄輪』『日本怨念記』でもわかるように、時間や空間を突飛なまでに飛躍しており、『幻の湖』は、その集大成であることがわかる。同作の準備稿脚本には、〈不条理な話に徹底したい〉〈多少の破綻はあっても(略)永遠なものを追求したい〉と、確信犯をうかがわせる記述が残されており、突然変異的な怪作などではないことがわかる。


 『八つ墓村』もまた、過去に設定した方が成立しやすい物語を、橋本が脚本を書くからにはオカルト要素が加わり、あえて現代に置くことで、橋本が醸成してきた作劇にドッキングさせることを意図したと見ることができよう。





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