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『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 中編】

※資料(『八つ墓村』脚本各種):筆者蔵

『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 中編】

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撮影直前まで脚本が完成しなかった理由



 ロケ地が続々と決定するなか、橋本忍による脚本も、ようやく完成の目処が立ち始めた。1976年7月2日に印刷された表紙が無題の脚本が、本作の準備稿である。内容は決定稿とほぼ変わらないが、シーン102の「田治見家・仏間」までしか書かれていない。初七日法要の席で、校長の工藤が喉をかきむしりながら水を求め、おびただしい血を吐いて絶命する壮絶な場面で、この準備稿は終わっている。末尾には、「シーン(103)以降は、準備の都合上構成台本として別刷りにします」という断り書きがある。つまり、撮影の都合から、現在完成しているところまでを印刷してスタッフ、キャストに配布し、追って完成稿を配布し直すという算段である。実際、7月7日に印刷された構成台本は、シーン103以降の各シーンの概要が書かれた60ページほどの冊子になっており、橋本から以下の断りが付記されている。


 「準備の都合上、構成用の小箱を印刷しました。シナリオとは質感が違うので、読みにくいところがかなりあると思いますが、その点御了承ください。尚、実際のシナリオになりますと、質感と質感でつないでいきますので、この構成用の小箱とは芝居内容がある程度変ることも考えられます。しかし、新しい人物とか、新しい場面が出てくることはもうないと思います」


 スタッフにとって、最も大きな関心事項は、新たな配役が必要になったり、ロケ地を新たに見つける必要が発生することである。場合によっては追加でセットを組まなければならないこともあり、美術予算にも影響してくる。もっとも、後半の構成台本には台詞が全く書かれておらず、このシーンでは誰が登場し、こんなことを言うという説明が書いてあるだけなので、俳優にとっては肝心のクライマックス部分を、どう演じるかのヒントにはなっても、準備をするには程遠い指南書でしかない。特に、金田一を演じる渥美清にとっては、どんな金田一像を作るべきか、この構成台本からは読み取れなかったのではないだろうか。


 それにしても、鈴木尚之が最後まで書くことができなかった横溝正史の世界は、後任の橋本忍をもってしても手強く、一筋縄ではいかなかったということだろうか。一方で、別の説もある。橋本が意図的に途中までしか脚本を松竹に見せていない、あるいは書いていないのではないか――というのだ。こうした噂が囁かれたのは、橋本の歩合契約問題が原因だった。


 前述したように、『八つ墓村』は『砂の器』のように橋本プロと松竹が提携するのではなく、松竹が単独で製作する作品である。橋本は一脚本家として松竹と契約することになる。しかし、『砂の器』の前例を踏襲したい橋本は、興行収益からの歩合い契約を求めた。同時期には、『幸福の黄色いハンカチ』(77)に出演交渉していた高倉健も、興行収益からのパーセンテージ報酬を求めてきたため、松竹では取り扱いをめぐって紛糾することになった。反対の急先鋒は、会長の城戸四郎である。


 もとより、城戸は歩合契約を映画会社の上前をはねるものとして嫌っており、従来の固定額でギャラを支払う方式を求めた。『砂の器』では、橋本プロが有利になる契約を結んでしまい、城戸は忸怩たる思いを抱いているとも言われていた。しかし、映画界を取り巻く状況は大きく変化していた。橋本や高倉を松竹へ呼んでくるには、歩合契約は必須の時代になっていた。冷却期間をおいて製作本部長代理の脇田茂が再度伺いを立てても、城戸の判断が覆ることはなかった。


 松竹大船撮影所のベテラン編集者・杉原よ与は、城戸の判断が脚本の遅れを招いたと証言する。


 「『八つ墓村』も、早くお金をもっと出せば、もっと早くホンを書いてくれたんですって。それが【引用者注:城戸が 】お金を出さないって言うのよね。だから、どうしたってホンがおくれおくれになってきちゃうのよ。それはずいぶん脇田さんこぼしていたわね」(『個人別領域別談話集録による映画史体系』)


 この件については、野村も「橋本さんの脚本がいつまで経っても出来ないので、そのやり方に私が文句をつけたりし、橋本と野村のあいだでも揉めることが出てきた」(『映画の匠 野村芳太郎』)と、脚本の遅れによるトラブルが発生したことをうかがわせる記述を残している。





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