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『ライトスタッフ』ハイテク=リアルではない!圧倒的なリアリティを実現させた特撮スタッフの努力の結晶
当時のアメリカの特撮業界
次にカウフマンは、航空機やマーキュリー宇宙船のエフェクトを手掛けるプロダクションを探した。当時のアメリカの特撮業界は、『スター・ウォーズ』(77)や『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(80)の成功で、モーション・コントロール・カメラ(*2)を用いてミニチュアをブルーバック撮影し、オプチカル・プリンターで多重合成するというILM式の手法が、唯一の選択肢(*3)であると考えられていた。
とりあえずカウフマンは、ジョージ・ルーカスがサンフランシスコに設立した新ILMに打診してみるが、同社は『スター・トレック2/カーンの逆襲』(82)、『E.T.』(82)、『ボルターガイスト』(82)、『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』(83)などで手一杯の状態だった。
『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』予告
他に、ロサンゼルスのプロダクションにもいくつか打診したが、カウフマンがサンフランシスコに拠点を構えているため、作業チェックに手間取るという理由で断念する。さらに予算的にも折り合わなかった。『ライトスタッフ』の特撮予算は、『ジェダイの帰還』の4分の1しかなかったのだ。
*2 CGが一般化した現在では、モーション・コントロール・カメラを知らない人もいるだろう。つまり、産業用ロボットのような装置にカメラを取り付け、コンピューターで制御して正確な反復動作を可能にしたものだ。現在ミニチュアの撮影に使用されることは少ないが、高速度撮影におけるカメラワークなど、人間のカメラマンでは困難な撮影には広く用いられている。主なメーカーには、マーク・ロバーツ・モーション・コントロール社などがある。
*3 逆に言えば、ピアノ線で模型を吊るといった、日本で言う操演のテクニックは米国では途絶えてしまっており、これを行なえる会社や技術者も見付からない状態だった。
USFX社設立
ともかくカウフマンは、ストーリーボードの作成を開始した。この作業を依頼したのは、ゲイリー・グティエレスとドリュー・タカハシが率いるサンフランシスコのコロッサル・ピクチャーズである。1976年設立の同社は、テレビ向けの短編アニメーションや、企業ロゴ、ステーションID、CM、映画のタイトルなどを手掛ける、小さなプロダクションだった。
カウフマンはグティエレスに資料として、30~40本のフィルムやビデオを見せた。それは、イエーガーが映画のためにF-86セイバーを飛ばし(事故も起している)、実物のX-1も登場した、ハワード・ヒューズ製作の『ジェット・パイロット』(57)。デヴィッド・リーン監督の『超音ジェット機』(52)。さらにデイヴィッド・ミラー監督の『フライング・タイガー』(42)といった航空アクション映画の他、軍やNASAの記録映像などである。
『ジェット・パイロット』予告
こうして2,000枚以上のストーリーボードを描き上げたグティエレスは、カウフマンからまだ特撮会社が決まらないと聞き、「自分がこの映画専用のプロダクションを設立する」と申し出た。こうして1981年9月に誕生したのがUSFX社である。