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『ライトスタッフ』ハイテク=リアルではない!圧倒的なリアリティを実現させた特撮スタッフの努力の結晶
ミニチュアの制作
USFX社はILMスタイルに従って、モーション・コントロール・カメラの開発をエレクトロニクス・エンジニアのザック・ボガートに依頼する。彼は、過去にコロッサル社のアニメーションスタンドを組み立てた経験もあり、『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』(77)のモーション・コントロール・システムの開発に参加した後、1980年にZBE社を立ち上げていた。
ボガートは、6軸(ロール、ピッチ、ヨーの回転運動と、サージ、スウェイ、ヒーブの水平・垂直運動)の制御が可能な、汎用性の高いシステムをデザインし、クラシフレックスと名付けた。
そして、このカメラを使って撮影するミニチュアの制作も、チーフ・モデルデザイナーのマーク・ステットソンによって開始される。彼は、『スター・トレック』(79)のためにダグラス・トランブルのエンターティンメント・エフェクツ・グループ(以下EEG)に参加し、『ブレードランナー』(82)を手掛けた後、USFXに移ってきていた。
『ブレードランナー』予告
彼は、まずXS-1とX-1Aのモデルに取り掛かる。資料として、XS-1の設計者が描いた縮尺図と、X-1Aの風胴実験で実際に使用された模型が用意され、これを参考に3種類のサイズのXS-1とX-1Aのミニチュアを作り上げた。その最大のモデルはモーション・コントロール撮影用であり、全長1.2mのグラスファイバー製で、細部まで凝りまくっていた。しかし、本編美術チームが手掛けた実物大モデルが、かなり大雑把な作りだったため、せっかく仕上げたディテールを消すことになってしまう。
この作業と同時に、もう1人のチーフ・モデルデザイナーとして雇われたフランク・モレーリが、ジョン・グレンの乗るマーキュリー6号(フレンドシップ7)のカプセルの制作を始めた。まずNASAが所有する3分の1スケール・モデルを借りてきて、これから型を取る。そしてX-1シリーズと同様に、グラスファイバー製のモーション・コントロール用模型が作られた。
併せて大気圏再突入シーン向けに、アルミニウムと石膏で作った耐火性の模型もステットソンが用意した。この時点では撮影方法が未決定だったが、何らかのパイロエフェクト(火薬や炎を用いる特殊効果)の使用が予想されたからである。
特撮技法の選択
本編班は1982年3月にクランクインする。そしてエドワーズ空軍基地のロケが長期化し、監督がサンフランシスコにいない時間が増える。その一方USFXのスタッフは、カウフマンが『ライトスタッフ』における飛行シーンのイメージを決定してくれなければ、本番撮影に入れないというジレンマに焦っていた。
問題となるのは、大気圏内を飛行する航空機の描写である。宇宙空間を背景としている場合、ILMスタイルはうまく行く。しかしこれが航空機となると、どうしても不自然になってしまうのだ。
分かりやすい例には、最初の『スター・ウォーズ』の特撮チームが独立したアポジー社が手掛けた、クリント・イーストウッド監督・主演の『ファイヤーフォックス』(82)がある。この作品では実景の空に、モーション・コントロール撮影されたミニチュアの戦闘機を合成していた。だが航空機から撮影された空の映像は、どうしても揺れている。この揺れは、機体の移動と振動にカメラ自体のブレも加わった、かなり複雑なものだ。だから、これにモーション・コントロール撮影された模型を合成しても、両者の動きはけっして一致しない。(*4)
さらに合成のエッジ(マットライン)の馴染みも問題となる。オプチカル合成で使用されるマット(マスクとも言う)用のフィルムは、真っ黒と無色透明に二値化されたハイコントラストフィルム(以下ハイコン)である。つまり中間のグラデーションがまったくないのだ。そのため激しい動きに伴うモーション・ブラーが表現できず、被写体はハサミで切り抜いたみたいに背景から浮き上がってしまう。(*5)
また、X-1AやB-29、NF-104Aといったベアメタル(無塗装)の航空機は、背景色そのものが機体の色になる。だから青空や雲の白が機体に反映されていないと、やはり馴染んで見えない。この金属むき出しの表現は、通常のブルー(ないしグリーン)バック合成ではほぼ不可能である。このため『ファイヤーフォックス』では、新しく開発されたリバース・ブルーバック(*6)という技術で対応させた。USFXのスタッフもその情報を聞き、実験を行ったが成果が上がらず、早々にこの方法は断念した。
*4 この問題は、画像処理技術によるスタビライザーやモーション・トラッキングが発展した現在でも、完全に解決することは難しい。つまり画面の揺れや動きトレースするための、基準となるマーカーが置けないからだ。もし目標となる建造物や太陽などが写っていたら、ある程度オプチカル・フローを検出することが可能だが、高速で動く雲海などの場合、まったくお手上げになってしまう。1つの解決策として、背景を撮影しているカメラにジャイロセンサーや加速度センサー、気圧計、地磁気センサー、GPSなどを搭載することで、フレームごとの空間座標が割り出せるだろう。しかし過去に撮影されたライブラリー映像だった場合は、この方法は使えない。そのため、手作業で位置合わせをしていくような原始的方法になってしまう。
*5 このことは『帝国の逆襲』においても、雪の惑星ホスで戦うスノースピーダーの表現で問題視された。そこでILMはハイコンではなく、通常合成には使用されない普通のモノクロフィルムで、モーション・ブラーを伴うマットを作っている。だが黒の濃度がどうしても不足するため、劇場公開時は背景が透けてしまった。当然これを不満に感じたルーカスは、『帝国の逆襲/特別篇』(97)で合成作業をデジタルでやり直している。現在見られるのは、デジタル合成版のみである。
*6 『スター・ウォーズ』ではブルーバック合成を考慮し、宇宙船のデザインがマットホワイトを基調にしていた。しかし『ファイヤーフォックス』に登場するMiG-31(架空の戦闘機)は、メタルブラックに塗装されている。これを通常のブルー(ないしグリーン)バックで撮影すると、表面に背景色を反射してしまい、マットに穴が開いてしまう。これを防ぐために、アポジー社のエンジニアであるジョナサン・エルランドが開発したのが、リバース・ブルーバック(リバース・ブルースクリーンとも言う)合成である。つまり黒い背景でミニチュアを通常のライティングで撮影し、次に最初と同じカメラ軌道でマット用の撮影を行う。この際に、ミニチュアに蛍光塗料をスプレーし、ブラックライトで照明することで、ミニチュア自身が赤く発光してマット素材となる。ちなみに、赤色はマット合成の背景色としては理想的(粒子が細かい)なのだが、人物撮影には不向き(肌色に赤が多く含まれるため)なので、青や緑が用いられることが多い。