トランブル・フィルム・エフェクツ社の設立
そこで、ロサンゼルスのカノガパークにトランブル・フィルム・エフェクツ社を設立し、最初のスタッフとしてショートを雇った。さらに強力な助っ人として招いたのは、エンジニアでダグラスの父親でもあるドン・トランブル(*2)だった。元々ドンは、MGMの特撮スタッフとして、『オズの魔法使』(39)で働いた経験を持っていた。ダグラスが生まれた時には、すでに映画業界から離れていたが、息子からのたっての頼みで復帰を了承する。
そしてまず、『2001年宇宙の旅』の初期に作ったようなアニメーションスタンドを再現し、ストリーク(*3)やマルチプレーン撮影(*4)、反復動作、可変速移動、オートフォーカスなどの機能を持たせた。だが、メカニカルなシステムだけでは表現に限界を感じ始める。そこで、CNC機械の技術者に相談し、電子式モーションコントロールカメラ(*5)の開発に取り掛かる。つまり、カメラや被写体の動作を電子的に制御し、まったく同じ動きを正確に反復可能なシステムである。まだコンピューターは使用されておらず、テープレコーダーにステッピングモーターをコントロールするパルス波を記録する仕組みだった。
そして、ABCテレビネットワークのロゴやプロモーションフィルムを手掛け、これが話題となって次々と仕事が舞い込むようになる。例えば、イースタン航空やトゥルーシガレットのCM、さらにクリスチャン・マルカン監督のコメディ映画『キャンディ』(68)の、宇宙的なオープニングとクロージングを手掛けた。
ダグラス・トランブル デモ映像
次にトランブルは初監督作として、アポロ計画捏造説を基にしたコメディを制作した。これは、「アポロ11号の月面での撮影はすべてスタジオで行っていた」とする内容で、月着陸船の横にわざと脚立が見切れているなどの場面があったそうである。だが「これはNASAに対する侮辱だ」と思い始め、公開を見送り、記録も一切残さなかった。(*6)
このように初監督作品がお蔵入りになり、トランブル・フィルム・エフェクツ社の経営は危機を迎える。だが、トランブルが業界向け雑誌「American Cinematographer」(June, 1968)に個人名で寄稿した、“Creating Special Effects for 2001: A Space Odyssey”という記事が話題となり、『2001年宇宙の旅』の特撮は彼が中心に行ったという誤解が広まった。そしてトランブルの知名度の高まりと同時に、会社のCMの仕事なども注目される。こうしてユニバーサル・ピクチャーズは、『アンドロメダ…』の視覚効果責任者として、トランブルとショートを選ぶことを決定した。
*2 ドン・トランブルは、『スター・ウォーズ』、『未知との遭遇』(77)、『スター・トレック』(79)などのモーションコントロールカメラを開発し、その後ジョン・ダイクストラのアポジーに入社して、『ファイヤーフォックス』(82)や、『スペースバンパイア』(85)などに参加している。
*3 シャッターを開放にし、フィルムを固定したまま被写体やカメラを移動させて撮影し、その軌跡を利用して立体的な図形を作る技法。『スーパーマン』(78)のタイトルに応用され、世界的に流行した。スリットスキャンと混同されることが多い。
*4 被写体を複数のレイヤーに分けて配置し、被写界深度や移動量の違いで、奥行き方向の立体感を表現する撮影技法。
*5 モーションコントロールカメラは、アナログ技術も含めば古い歴史を持っている。そのルーツとされるのが、エジソン社のカメラマンだったジェームズ・ブラウティガンが、1914年に考案した装置だ。これは、移動撮影のショットに幽霊を多重露光させるため、複滑車装置で反復撮影を可能にしたものだったらしい。残念ながらフィルムは失われており、作品名も分からない。
その後、MGMのオーリン・デュピーは、レコード盤のカッティングマシンのような仕組みで、カメラのジンバルが回転した角度情報を記録し、シンクロナスモーターを使って繰り返し再現する、「デュピー・ディプリケーター」を開発した。この機械は、『イースター・パレード』(48)や『巴里のアメリカ人』(51)のエンディングにおける、マット画合成のティルトアップに使用されている。
また、パラマウントのゴードン・ジェニングスとS・L・スタンクリフも、「エレクトロニック・リプロデューサー」を1949年に開発している。この装置は、ジンバルの情報をフィルムの光学式サウンドトラックのような仕組みで記録し、2つのサーボモーターでティルトとパンの反復制御を可能にした。こちらの機械は、『サムソンとデリラ』(49)の寺院の崩壊シーンで、ミニチュアと人物の合成に用いられた。
そしてデュピー、ジェニングス、スタンクリフの3人は、1951年のアカデミー賞科学技術賞を受賞している。
さらに『めまい』(58)のタイトルバックでは、実験映画作家のジョン・ホイットニー・シニアが、第2次世界大戦の戦艦に取り付けられていた歯車式アナログコンピューターをジャンク屋から購入し、アニメーションスタンドのモーションコントロールに用いて、幾何学的モーショングラフィックスを実現させた。
ちなみにホイットニー・シニアは、『アンドロメダ…』のマーク・ホール医師(ジェームズ・オルソン)が免疫力強化のために高圧注射されるシーンにおいて、スクリーンに表示される抽象的映像を提供している。
*6 このエピソードは、ディスカバリーチャンネルのドキュメンタリー『徹底検証・月面着陸の謎』の「第6話: 着陸映像の真相」において、トランブル自ら語っている。この他に彼は、アポロ11号のCBSニュース特番にも参加したそうである。これはキャスターの背後に1枚のスクリーンを置いて、同時に9台の16mmプロジェクターで投影し、アポロ11号の映像に人工着色するというものだった。