伝説的コメディ俳優をコンサルタントに招聘
前情報なしに『ワンダヴィジョン』を観始めた方は、いきなりモノクロで始まる展開に驚かされるのではないか。本作は、1960年代のシットコム(コメディドラマ)風に作られており、これまでのMCU作品とは風合いが全く異なっている。
モノクロなのもそうだが、観客の笑い声が入る(同形態は舞台のように、観客を入れた状態で撮影し、その様子を映すものも多い)、カメラがフィックス(固定)が多い、演技はオーバー気味に、セリフでほぼほぼ説明する等々、現代のトレンドから見ていくと異質に感じるほど、忠実に当時のシットコムを踏襲している。
なんでも、『メリー・ポピンズ』(64)や『チキ・チキ・バン・バン』(68)の名優ディック・ヴァン・ダイクをコンサルタントとして招き、ホームコメディの作り方を学んだとか。マット・シャックマン監督は、「本作は『ザ・ディック・ヴァン・ダイク・ショー』『アイ・ラブ・ルーシー』へのオマージュにあふれている」と発言しており、作品全体のトーンを模索するうえでも、ダイクの存在が大きかったようだ。
ちなみに、『ザ・ディック・ヴァン・ダイク・ショー』は1960年代の番組であり、『ワンダヴィジョン』の“時代設定”とも合致する。さらにいえば、ワンダとヴィジョンがマーベル・コミックに初登場したのが1960年代とのことで、そのような理由もあるだろう。また、作品を観ていくと『奥さまは魔女』(64~72)を彷彿とさせるつくりになっていることがわかってくる。
『ワンダヴィジョン』(c) 2021 Marvel
『ワンダヴィジョン』第1話と第2話の中で、ワンダとヴィジョンはことあるごとに「普通になりたい」「周囲に溶け込みたい」、そのためには「自分たちの能力を使ってはいけない」と発言する。いわば、周囲に正体がバレてはいけないという“設定”が敷かれているのだ。さらに、ワンダの能力は微妙にこれまでのMCUと違っており、何もないところから料理を作ったり、指輪を作ったりと、“魔法”として描かれている。これも、『奥さまは魔女』感を意識しているとうかがえる理由の一つだ。
そのような下敷きがあったうえで、第1話では、外ではごく普通の会社員として過ごすヴィジョンの上司が家にやってきたことで、ふたりが接待に大わらわになる姿が、第2話では、地域のチャリティーイベントでマジックを披露することになったふたりが、アクシデントにより能力を使ってしまい、ごまかすのに苦労する様子が、それぞれに“笑い”として描かれる。オーソドックスなシットコムの構造を踏襲しつつ、ワンダとヴィジョンをそこに入れた際に起こる化学変化を、わかりやすく提示しているのだ。
ただ、ここで非常に上手いのは、本作が決して二次創作的なものになっていないということ。冒頭に述べた「すべてがつながっている」MCUの作品として製作される矜持と責任感が、随所に感じられるのだ。そしてそれは、本作の最大の魅力といえるかもしれない。