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『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 中編

©大島渚プロダクション

『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 中編

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確信につながった坂本龍一の衣装合わせ



 海外からの製作費100万ドルが不足していた件も、オランダの金融業者が用立てることで解決した。彼の名はエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされ、ジェレミーら他のプロデューサーよりも高い報酬を要求したが、その100万ドルがあってこそ『戦メリ』は撮影に入ることが出来たのだ。


 一方、脚本の最終稿も7月に完成した。5稿目となるこのバージョンでは、ポール・メイヤーズバーグという脚本家が加わって主にダイアローグが見直された。彼はジェレミーの推薦だったが、大島がデヴィッド・ボウイと最初に会ったときに、英語のダイアローグを手直しする脚本家として推薦したのも彼だった。『地球に落ちて来た男』『錆びた黄金』(81)の脚本が彼の手によるもので、このときは、ジョージ・オーウェル原作「一九八四年」の脚色にあたっていた。以前は映画雑誌に批評を書いており、大島の作品についても幾つか書いており、人選としては申し分なかった。


 ダイアローグの改訂にあたってポールは、言葉のニュアンスは当然として、会話の形式にも修正を要求した。劇中、問いかけに対して、答えずに次の話に移るところがあり、それらは全て明確な回答が必要であると指摘した。また冒頭で問いかけた内容について、別の話題が続いた後で思い出したように答えるという形式も止めるように進言した。それだけ時間が空いてしまうと、観客は分からなくなるというのだ。それを聞いて大島は、ロバート・レッドフォードに初稿を読ませたときは、さぞかし分かりにくかったのではないかと今さらながらに気づいたが、ダイアローグの見直しを早い段階で行っていれば、海外のキャスティングに別の展開があったかもしれない。


 7月10日には、TBSのリハーサル室を借りて、日本側キャストの衣装合わせが行われた。坂本龍一が初めて軍服を着て、大島の前に立った。二種類の軍服に剣道着、そして真剣を構えて見せた。助監督の伊藤聡によると、その日の夜、中華料理屋で上機嫌になった大島は「勝った!俺たちは勝ったぞ!」と叫んでいたという。演技経験のない坂本にこの役が務まるだろうかという不安は、衣装合わせで見せた坂本の殺気と色気によってかき消された。



『戦場のメリークリスマス』©大島渚プロダクション


 7月30日、内幸町のプレスセンターで製作発表を兼ねた壮行記者会見が行われた。大島、坂本、たけしをはじめ、ジョニー大倉、三上寛、撮影の成島東一郎も顔を揃えた。出演者は軍服姿である。従来の日本映画の製作発表では、出演者が「○○監督の作品に参加するのが夢だった」というような歯の浮いた言葉を口にしたが、たけしは、「映画に気持ちを切り替えるまでは、テレビをちゃんとやりますよ」(「夕刊 読売新聞」82年8月9日)と、この映画に全身全霊をかけるなどとは間違っても口にせず、坂本も「役者はそんなにやりたくもないし、これから続けるつもりもない」(前掲)と述べたが、『新宿泥棒日記』で横尾忠則を主演に抜擢するなど、職業俳優よりも演技経験のない素人や新人を積極的に起用してきた大島にとっては、むしろそうした発言が好ましいのか、終始笑顔を絶やすことはなかった。


 こうして、5年の歳月を経て『戦メリ』が遂に実現しようとしていた。翌日には大島らスタッフが日本を離れた。撮影開始は3週間後。だが、未知の島では大島の想像を超える事態が待ち受けていた。



後編に続く!



※前編はこちらから


【主要参考文献】

『「抱擁の大地」企画書』『「影の獄にて」脚本』『「戦場のメリークリスマス」脚本』『イメージフォーラム』『キネマ旬報』『シナリオ』『GOUT』『国文学』『文芸』『噂の眞相』『朝日ジャーナル』『週刊明星』『週刊平凡』『週刊現代』『週刊読売』『週刊文春』『週刊宝石』『サンデー毎日』『エコノミスト』『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『報知新聞』『日刊スポーツ』『スポーツニッポン』『デイリースポーツ』『シネマファイル 戦場のメリークリスマス』(講談社)、『映画プロデューサーが語る ヒットの哲学』(原正人、構成 本間寛子・著、日経BP)、『「戦場のメリークリスマス」30年目の真実』(東京ニュース通信社)、『戦場のメリークリスマス』(紀伊國屋書店)、『答える!』(大島渚・著、ダゲレオ出版)、『大島渚1960』(大島渚・著、青土社)、『大島渚1968』(大島渚・著、青土社)、『戦後50年 映画100年』(大島渚・著、風媒社)、『わが封殺せしリリシズム』(大島渚・著、清流出版)、『世界が注目する 日本映画の変容』(丸山一昭・著、草思社)、『昭和の映画少年』(内藤誠・著、秀英書房)、『任侠映画伝』(俊藤浩滋 山根貞男・著、講談社)、『活動屋人生こぼれ噺』(幸田清・著、銀河出版)、『シネマの極道 映画プロデューサー一代』(日下部五朗・著、新潮文庫)、『撮る カンヌからヤミ市へ』(今村昌平・著、工作舎)、『映画愛―武藤起一インタヴュー集〈1 俳優編〉』(武藤起一・著、大栄出版) http://norisugi.com/documentary/senmeri_hiwa.html  ほか



文:モルモット吉田

1978年生。映画評論家。別名義に吉田伊知郎。『映画秘宝』『キネマ旬報』『映画芸術』『シナリオ』等に執筆。著書に『映画評論・入門!』(洋泉社)、共著に『映画監督、北野武。』(フィルムアート社)ほか



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『戦場のメリークリスマス』

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