2022.01.29
ストップモーション・アニメがもたらしたもの
ウェス・アンダーソンが本作を作る上でもう一つこだわったのが、リアルなものと非現実的なものが入り乱れるという構造だ。例えば、主人公ズィスーは子供たちのヒーローとしての自分と、その実像との乖離に思い悩んでいる。自分の才能は枯れてしまったのか。もう映画は撮れないのではないか。そんな不安を抱えながら、皆の前では今日も”偽りの自分”を演じ続ける。
それに、この映画で登場する”非現実”の最たるものは、やはり海洋生物だろう。ヘンリー・セリックによるストップモーション・アニメとして表現される、美しくも可愛らしい描写の数々。もし映画としてのリアルさを求めるのであれば、何らアニメーション化する必要はなかったはずである。にもかかわらず、アンダーソンはあえて違う手触りを、現実と非現実とが入り乱れる場所を、ここに組み入れたいと考えた。
『ライフ・アクアティック』(c)Photofest / Getty Images
それはなぜか。筆者は、ここにも”映画作り”の実感が込められているのではないだろうか、と考える。というのも、作り手たちの日常では、現実のものと非現実のものとが常に入り乱れているからだ。現実とフィクションがせめぎ合った創造性の大海を探査船は進む。そうやって彼らにしか見えないもの、仲間と一緒だからこそ見出せる奇跡的瞬間を、次々とカメラに収めていくことこそが映画制作の醍醐味。
本作を通じて、観る者をクルーの一員のごとくその境地へといざなおうとするアンダーソンの思いが、ひしひしと伝わってくるかのようである。