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『ガンモ』嫌悪と絶賛、影と光、ハーモニー・コリン衝撃のデビュー作

(c)Photofest / Getty Images

『ガンモ』嫌悪と絶賛、影と光、ハーモニー・コリン衝撃のデビュー作

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映画の英才教育とストリートで培った独自の映画美学



 ではこの“恐るべき子供”は、一体どこから生まれてきたのだろうか。1973年にカリフォルニアで生まれたハーモニーの経歴は、いささか神話めいている。北アメリカでヒッピーをやっていたとか、コミューンで幼少時代を過ごしたとか、ドキュメンタリー作家だった父親に連れられてサーカスやカーニバルやディープサウスの特殊なカルチャーに親しんで育ったとか。映画監督を志す世界中の才能が集まってくるニューヨーク大学のティッシュスクール・オブ・アーツで脚本コースに通っていたことがあり、「誰よりも映画に詳しかった」という証言もある。


 ハーモニーが「筋金入りのマルキスト」と紹介したことのある父ソル・コリンも謎が多い人物だが、息子が幼い頃からファスビンダーやヴェルナー・ヘルツォークの映画を見せていた。ハーモニーはバスター・キートンの無声映画やチャールズ・ロートンが監督した『狩人の夜』(55)に夢中になったというから、相当コアな英才教育を受けて育ったと言える。


 「プロのスケートボーダーになるためにティッシュスクール・オブ・アーツを中退した」という話もあるが真偽のほどはわからない。はっきりしているのは、テネシー州ナッシュビルで過ごした高校時代に映画を撮り始め、卒業後に祖母を頼ってニューヨークに移り住んだ。現地のスケートボーダーたちとの交流が『KIDS』の脚本家抜擢に繋がるが、本人曰く脚本を書くのは初めてだったという。


『KIDS』予告


 そして『KIDS』の成功によってハーモニーにも監督デビューの道が開ける。一見、手弁当で作った低予算映画のようにも見える『ガンモ』だが、予算は130万ドル(当時のレートで約1億5,600万円)。ハリウッド基準では大作ではないにせよ、れっきとした商業映画のバジェットである。


 レオス・カラックスの『ポンヌフの恋人』(91)に魅了されていたハーモニーは、『KIDS』のプレミアで訪れたカンヌで、同作を撮影したフランス人、ジャン=イヴ・エスコフィエを口説き落とす。エキセントリックなエスコフィエはハーモニーを大いに気に入り、格安のギャラを承諾しただけでなく、実験的な手法を望むコリンの最大の共犯者となった。


 親子ほどの年の開きがあるハーモニーとエスコフィエだが、ハーモニーが望む挑発的なビジョンを完全に共有していた。エスコフィエが主に35mmフィルムの撮影を担当し、ハーモニーやハーモニーの妹や出演者らが、16mm、スーパー8、Hi-8ビデオなどで素材を撮りまくった(あまりにも多くの素材を撮ったため、費用超過で撮影がストップしたこともあった)。さらにどこかで見つけてきたVHSビデオやポラロイド写真を混在させることで、美しさと汚らしさが入り乱れるカオスな映像スタイルを作り上げている。





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