四半世紀を経ても色褪せないカルト作の功罪とは?
完成した『ガンモ』の評価は賛否まっぷたつに分かれ、見た人の反応も嫌悪か絶賛か、もしくはその両方だった。醜悪なものと美しいもの、デスメタルと甘いロイ・オービソンの歌声、不潔極まりない貧困生活の中にときおり訪れる魔法のような瞬間の数々が折り重なった奇妙な映画は、1997年のヴェネツィア国際映画祭で国際映画批評家連盟賞に輝いている。
筆者は『ガンモ』の日本公開に際して、来日したハーモニー・コリンにインタビューしたことがある。ライターとしての取材歴の中でももっとも印象的なインタビューだった。クローゼットを漁ってみたが、当時の録音テープが見つからず、残念ながらここでハーモニーの発言の詳細を書くことはできないが、とにかくすべてが異例づくめで強烈だった。
取材場所は、ハーモニーが滞在していた東京のホテルのスイートルーム。まず部屋に入ると、明るいリビングはものが散乱して雑然としており、ジーンズを極端に低く腰履きしたストリート・キッズの見本みたいな若者がぐるぐると歩き回っていた。通訳の女性は「質問は私にしてください私が捕まえて答えを聞きますから!」と猛獣使いのようなことを言う
取材する雑誌の見本誌を手渡すと、ハーモニーは興味深そうに開いて、ソファーに座ってハサミでページの一部を切り取り始めた。気になったものは片っ端からスクラップブックに貼っているらしい。途中でベッドルームからお洒落に着飾ったクロエ・セヴィニーが現れ、買い物に行ってくるねと言ってハーモニーにキスをして出かけていった。
終始落ち着きはなく、通訳の女性が言った通り、立ったり座ったりとせわしないが、質問にはすべて丁寧に応えてくれたし、発言も情熱的だがきちんと筋が通っている。最初は度肝を抜かれたが、結果インタビューにはなんの支障もなく、帰り際には握手を求められ「僕はこれからもずっと映画を作り続けるからね!」と力強く話してくれた(なにぶん昔のことなので多少の記憶違いはご容赦ください)。
その後のキャリアに紆余曲折はあったが、近年は『スプリング・ブレイカーズ』(12)や『ビーチ・バム』(19)でセレーナ・ゴメスやマシュー・マコノヒーといったスター俳優を起用しながらも、その時の言葉通りに挑戦的な映画を生み出し続けている。
『ビーチバム』予告
一方では批判もある。2021年に『KIDS』に出演したストリート・キッズたちのその後の人生を追いかけた『The Kids(原題)』というドキュメンタリー映画が発表された。日本ではまだ観る手立てがないのだが、当時出演したスケーター仲間たちが、『KIDS』の完成以降、自分たちと関係を断ったハーモニーへの複雑な思いを吐露しているという。
また、『ガンモ』で手にした出演料で、さらなるドラッグ中毒の泥沼にハマったニック・サットンは、2020年のインタビューで『ガンモ』への複雑な胸中を明かしている。サットンはハーモニーがアメリカが抱える極貧の現実を虚飾なく描き、そこに美しさを見出す作品を作ったことに謝辞を寄せつつ、芸術エリートの娯楽のために貧困を見世物にした搾取的な側面も指摘している。「単純に全面的な搾取というわけではないし、もっと複雑だけど、(搾取的かと聞かれれば)イエス、そう感じているよ」
確かにハーモニー・コリンは若く野心的な芸術至上主義者として多くのタブーを打ち破り、映画表現に新たな局面をもたらし、『ガンモ』の詩情は四半世紀を経た今も色褪せていない。しかしハーモニーが成功したアーティストとなった今だからこそ見えてくる光と影が存在することも、『ガンモ』が影と光にまつわる強烈な作品だったからこそ見逃してはならないと思っている。
参考資料:
2019 Interview with the cast of Harmony Korine's film Gummo (出演者が22年ぶりに顔を合わせたリユニオン企画)
The Sun Is Flat Organizationニック・サットン、インタビュー
文:村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
(c)Photofest / Getty Images