時間の制御を探求するノーランの作劇
名だたる作家やフィルムメーカーたちが手掛けてきた題材を、ノーランはどのような作劇の工夫でオリジナルな映画へと高めたのだろうか。
1998年のデビュー作『フォロウィング』、2000年の準オリジナル脚本作『メメント』(弟ジョナサン・ノーランが書いた短編小説を兄クリストファーが脚本化)、そして『インセプション』を並べると、ストーリーの中で流れる時間をコントロールする明確な作風が感じられる。
『フォロウィング』では、作家志望の青年ビルがアイデア探しのため尾行していた男コブ(『インセプション』の主人公と同じ名前)に気づかれ、やがてコブと共に空き巣を繰り返すようになる。映画は刑事から取り調べを受けているビルの供述から始まり、そうした過去の経緯を、ビルの回想、コブの視点を交えて描き、さらに時間も前後させることで真相を巧妙に隠し、終盤で種明かしをする構成となっている。
『メメント』予告
『メメント』では、記憶が5~10分程度しか保てない前向性健忘の主人公レナード(ガイ・ピアース)の意識を観客に疑似体験させるため、5分程度のシークエンス(カラー映像)を時系列と逆向きにつなげるという手法を編み出した。一方、カラー場面の合間に挿入されるモノクロの短い映像は、時系列に沿って配置されている。
時間をコントロールする作劇のスタイルがさらに進化したのが『インセプション』だ。先述したボルヘスの『伝奇集』に収められた『隠れた奇跡』の、銃殺刑に直面した劇作家が死の間際の数秒間に神から「一年の猶予」を授けられる(そのあいだ周囲の事象は物理的に静止している)という話や、夢を見ている間は脳の活動が活性化され、現実よりも長い時間の経過を体験するという最近の科学的知見からヒントを得て、「現実の5分が夢の1時間」になり、次の層の夢ではさらに体験する時間が長くなるというルールを設定。これに基づき、コブたちのラストミッションにおいて異なる時間の流れで同時進行する4層の夢が、並行して描かれる。
『インセプション』©2014 Warner Bros. Entertainment Inc.
ノーランはさらに、夢の各層でのミッションで、誘拐、カーチェイス、銃撃戦と格闘、コンゲーム(詐欺)、敵陣への侵入といった犯罪映画やスパイ映画で定番のアクションやスペクタクルを盛り込んだ。つまり、夢という精神世界の可能性を探求しつつ、娯楽大作にふさわしい身体アクションもつるべ打ちで繰り出すという離れ技を見事にやってのけたのだ。