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『ウエストワールド』AIを予見しCG技術の黎明となった、マイケル・クライトン長編監督デビュー作(後編) ※注!ネタバレ含みます

(c)Photofest / Getty Images

『ウエストワールド』AIを予見しCG技術の黎明となった、マイケル・クライトン長編監督デビュー作(後編) ※注!ネタバレ含みます

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コントロールセンターの描写



 クライトンは、コントロールセンターのリアリティにはこだわった。ここにずらりと並ぶ機器類には、アメリカ空軍の半自動防空管制システムSAGE(Semi-Automatic Ground Environment)(*1)用に、IBMが開発した巨大コンピューター AN/FSQ7のコンソールや、オープンリール式の磁気テープ記録装置が使用されている。


 古いSAGEシステムは66年に空軍が払い下げ、20世紀フォックスが購入(*2)した。このコンソールには、ボタンやランプがたくさん付いていて、非常に未来的な印象を与える。そのため主にSF作品のプロップとして重宝され、『原子力潜水艦シービュー号』(64~68)、『宇宙家族ロビンソン』(65~68)、『ミクロの決死圏』(66)、『タイム・トンネル』(66~67)、『インベーダー』(67~68)、『巨人の惑星』(68~70)、『猿の惑星・征服』(72)、『最後の猿の惑星』(73)、『タワーリング・インフェルノ』(74)などといった映画やテレビシリーズで使用されている。


 20世紀フォックスのプロップ・セクションで、66年から働いていたトーマス・ウッドは、SAGEシステムの改造やメンテナンスを担当していた。そして彼は、82年にウッディズ・エレクトリカル・プロップス社を創業し、現在もなおこれらのプロップのレンタルを行っている。最近では『バンブルビー』(18)や、『エージェント・オブ・シールド シーズン7』(20)の第3話『エリア51』にも、SAGEのコンソールを貸し出した。


*1 米政府が空からの核攻撃に対処すべく、52年からスタートさせた半自動防空管制システム。米国とカナダ各地に設置したレーダー基地や、早期警戒機、哨戒艇など100カ所以上の情報を、3カ所のコンバットセンターに送り、敵機に対し最適な基地から地対空ミサイルを発射するというもので、情報を視覚的に表示するCRTと、それに直接指示を与えるライトガンを装備していた。つまり、「画像を通じてコンピューターと人間が、リアルタイムにインタラクティブなやりとりを行う」という、画期的な概念を生み出した。さらに磁気コア・メモリという記憶装置や、各基地を結ぶコンピューターネットワークも開発された。これは現在のIT環境の基礎が、SAGEから始まったことを意味している。特にIBMは、5万本の真空管を使用するAN/FSQ7の開発受注に成功し、これをきっかけとしてコンピュータービジネスに本格参入した。


*2 また20世紀フォックスの他に、サンタモニカにあったベクトレックスというプロップレンタル業者も、SAGE用のコンソールやパーツを大量購入している。もしかすると『ウエストワールド』に使用されたものは、こちらの業者が提供したものかもしれないが、同社は現在廃業しているので詳細は不明だ。


CG映像



 また、コントロールセンターのディスプレイには、三角形や六角形の図形が動き回るCGアニメーションが度々登場する。これはジョン・ホイットニー・シニアというアーティストが制作した、『Matrix III』(72)という短編作品が使用されたものだ。


『Matrix III』


 ホイットニー・シニアは58年に、ジャンク屋で売られていた第二次世界大戦中の廃品から、軍艦に使用されていた対空砲制御用の歯車式アナログコンピュ-ターを見付け出した。そしてこれを弟と共に改造し、アニメーションスタンド式モーションコントロールカメラを作り上げた。そして商業向けアニメーションの制作を請け負う、モーショングラフィックス社を設立し、CM、テレビ番組のオープニング、映画のタイトルなど、膨大な量の仕事を手掛けている。特に有名なのが、グラフィックデザイナーのソール・バスの依頼で制作した、『めまい』(58)のタイトルバック(*3)だ。


 ホイットニー・シニアは1966年から1970年まで、IBMより助成金を受けることになった。そして同社の、ロサンゼルス・サイエンティフィック・センターに置かれた、グラフィックディスプレイIBM 2250を用いた作品制作を始める。これは、同社のジャック・シトロン博士の開発したCGアニメーション用プログラムCAMP(Computer Assisted Movie Production)を用いたもので、CRTディスプレイに表示された白黒の線画やドットをムービーカメラで撮影し、その後オプチカルプリンターで着色するという方法が採られた。


 ホイットニー・シニアはこれによって、自ら構築した“ビジュアル・ハーモニー理論”を視覚化することが可能になった。この理論は、円運動をする複数の図形の、回転速度や角度を時間と共に少しずつずらしていくことにより、音の協和音や不協和音のような効果をもたらすという“差動力学原理”に基づくもので、若いころ現代音楽を学んだことがベースになっている。


 次にホイットニー・シニアは、直線、四角形、立方体が差動力学の原理に従って、リサジュー図形上を移動する『Matrix』(71)という作品を、ニューヨークのIBMプロダクト・ディスプレイ・センターと、カリフォルニア工科大学の協力で制作した。同校のフレデリック・トンプソン教授が、ホイットニー・シニアのためにREL(Rapidly Extensible Language)というプログラムを書いている。


 そして次に、FR-80 フィルムレコーダーや、印刷用コンピュ-ター合成システムを開発販売している、インフォメーション・インターナショナル社(Information International, Inc.:以下トリプルアイ)が協力を申し出て、同社のディーン・アンシュルツ博士が開発したプログラムを用い、やはり差動力学原理に基づく『Matrix III』を制作した。


*3 しかし87年に、筆者がホイットニー・シニアにインタビューしてみると、世間の評価とは裏腹に「ヒッチコック映画なんてくだらないね」という回答が返ってきて驚いた。もしかすると、自分の名前がクレジットされていないことへの反感かもしれない(ソール・バスのみクレジットされている)。ちなみに『サイコ』(60)のタイトルも、バスとホイットニー・シニアによるものだ。




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