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『ウエストワールド』AIを予見しCG技術の黎明となった、マイケル・クライトン長編監督デビュー作(後編) ※注!ネタバレ含みます
『ウエストワールド』あらすじ⑥
ピーターは、ロボットの修理工場に逃げ込んだ。そこには手術台のようなテーブルがずらりと並び、修理中のロボットが数多く横たわっている。ピーターが、武器に出来そうなものを探していたら、都合よく硫酸や塩酸のビンがあった。
やがてガンスリンガーが入ってきて、ピーターを探すが見付からない。するとテーブルから、ガバッと1体が起き上がる。それは修理中のロボットに化けていたピーターで、ガンスリンガーの顔に酸を投げ付けると、白煙を上げて悶え始める。
逃げたピーターは、エリア間を繋ぐ地下通路で一息ついていた。するとすぐに、顔面がボロボロになったガンスリンガーが現れ、一発撃ってくる。しかし銃(電動式)のバッテリーが切れたようで、それ以上攻撃できない。その隙にピーターは、メディーバルワールドのエリアへ逃げ込む。
幸い黒騎士ら、大広間のロボットたちは静止していた。間もなくガンスリンガーも入って来るが、聴力が低下しているようで反応が鈍い。それでも眼の赤外線センサーは生きており、ピーターの姿はくっきり見えている。それに気付いたピーターは松明の下に立ち、そこから出る強い赤外線で自分の存在を隠した。
ガンスリンガーの主観描写
クライトンは、「ロボットたちは物体を赤外線で見分けている」という設定を盛り込む。そして、ガンスリンガーの主観ショットの描写として、低解像度のCCDで撮影したようなモザイク効果を望んだ。
クライトンと視覚効果コーディネーターのブレント・セルストロムは、まずNASAのジェット推進研究所(JPL)へ相談に行った。JPLは、20万ドル(80万ドルという証言もある)の費用と9カ月の制作期間という見積もりを提出し、クライトンは困り果てる。なぜなら映画全体の製作費が125万ドルで、5カ月の制作期間しかなかったからだ。
「たかが画像の解像度を下げるだけで、何でそんなに大変なことになるのか?」と疑問を持つ人も少なくないだろうが、そこには落とし穴がある。フィルム入出力(*4)の問題だ。研究機関であるJPLは、当然ムービーフィルム(*5)には対応していなかったのである。
そしてクライトンたちが、ホイットニー・シニアに『Matrix III』のフィルムを借りに行った際、このロボット主観映像の話を持ちかけると、長男のホイットニー・ジュニアが「自分がやってみたい」と申し出てきた。ホイットニー・ジュニアは、『Matrix III』の制作に協力したトリプルアイに掛け合い、深夜のみシステムを使用出来る許可を得る。ここなら高解像度のフィルムレコーダーや、画像処理用のコンピューターもあり、手伝ってくれるプログラマーもいたからだ。
トリプルアイには、光電子増倍管をイメージセンサーとして用いるフィルムスキャナーもあった。だがカラー画像には対応していなかったため、MGMのオプチカル部門が三色分解した、モノクロのカラーセパレーション・マスターを用意する。そして1フレームのスキャンには、3時間を要したという(これは、フィルムスキャンがいかに時間を要するかという問題で、古参のVFX関係者なら骨身に染みていることだろう)。この工程さえ済めば、モザイク効果自体は10秒間分のフレームが約8時間で処理された。また映写時にアナモフィックが掛かってしまうため、画像処理は長方形ピクセルで行う必要もあった。
最初の2カ月間はテストの繰り返しで、フィルムレコーディングされた映像を試写し、最適なコントラストと解像度が決められていった。そしてこの結果に基づいて、ガンスリンガーの主観ショットの本番撮影が実施される。メディーバルワールドの大広間(黒騎士と女王の座る椅子の背後に回る場面)では、俳優が全身真っ白な衣装とメイクをして、赤外線画像の雰囲気を表現した。こうして約2分31秒間のモザイク映像が、2万ドルの費用と4カ月間をかけて制作された。
*4 この問題は、長く解決されなかった。このためジョージ・ルーカスは79年に、当時世界最先端を走っていたニューヨーク工科大学のCG研究所から、エドウィン・キャットマルをリーダーとする技術者たちを引き抜いて、レーザーを用いたフィルム入出力システムの開発をさせた。このシステムの名称が「PIXAR」で、現在のピクサー・アニメーション・スタジオの由来になっている。結局、安定的にフィルム入出力が可能になったのは、90年代半ばからだ。
*5 本作が公開された6年後の79年に、JPLはパイオニア11号の土星探査シミュレーション映像を作り、広く世界に公開した。しかし、この映像制作を担当していたジェームズ・ブリンとチャールズ・コールハースに、JPLが提供したハードウェアは、DEC社の16ビット・ミニコンPDP-11と、フレームバッファとしてE&S社のCT2、収録はモニターの管面を直接16mmカメラで90 秒ごとにコマ撮りするという、驚くほど質素なものだった(モノクロワイヤーフレーム専用のフィルムレコーダーはあった)。ブリンたちは、さらにボイジャー1号/2号といった外惑星探査機のシミュレーション映像を作り、NASA/JPLのPRに大きく貢献すると同時に、CGそのものの存在を世間に知らしめた。