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『サンダーボルツ*』この一本がMCUの潮目を変える、異色作にしてニュー・スタンダード

(c)2025 MARVEL

『サンダーボルツ*』この一本がMCUの潮目を変える、異色作にしてニュー・スタンダード

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異色作なのにニュー・スタンダード



 2010年代、MCUの絶頂期といわれたころの作品にはすさまじい多層性があった。スーパーヒーロー映画というジャンルを借りつつ、そこに異なるジャンルの物語と演出をミックスすることで監督や脚本家が独自の視点を持ち込みながらも、コミック由来のキャラクターのドラマをじっくりと掘り下げ、巨大なユニバース全体の物語に接続していたのだ。


 本作の監督であるジェイク・シュライアーは、カニエ・ウェストやケンドリック・ラマーなどのミュージックビデオのほか、映画『ペーパータウン』(15)を手がけ、Netflixシリーズ「BEEF/ビーフ ~逆上~」(23)で注目された気鋭。本作が初めての大作映画だが、「BEEF/ビーフ ~逆上~」の脚本家であるジョアンナ・カロとイ・サンジン(※ノンクレジット)をプロジェクトに招き入れ、自らの視点を大胆に持ち込んだ。


 『サンダーボルツ*』の主題であるメンタルヘルスは、思えば「BEEF/ビーフ ~逆上~」でも正面から取り上げられていたもの。“アウトローの群像劇”という出発点から、「怒り」という感情が何に起因するか、トラウマや抑圧がいかなる問題を生むかという問題を描き出し、『インサイド・ヘッド』ばりの心理学・精神医学の世界に突入することは必然だったのだろう。少なくともスーパーヒーロー映画で、抑圧や攻撃、希死念慮の問題をこれほど誠実に語ってみせた作品を筆者は知らない。



『サンダーボルツ*』(c)2025 MARVEL


 シュライアーとカロ、原案・脚本のエリック・ピアソンは、こうしたテーマをMCUのフォーマットにうまく落とし込んだ。映画の前半はリアル路線のアクションが見どころだが、のちに個人の内なる危機と世界の危機を結びつけてゆくことで、ミニマムな物語を描くことが破格のスケールを有するアクション・エンターテインメントになりうることを証明したのである。キャラクターが「ともに立つ」ことだけで感動を呼ぶのは、『アベンジャーズ』(12)以来のMCUの伝統だ。


 もっとも、絶望そのものが都市を襲うシークエンスの恐ろしさと暗さは、深い闇をはらむ人間ドラマがあってこそ。エレーナ役のフローレンス・ピューは、群像劇を牽引する“主役”として、代表作『ミッドサマー』(19)を思わせるダークな一面に回帰。ボブ役のルイス・プルマン(その瞳の昏さたるや!)とのあいだで抜群の化学反応を見せる。


 また、USエージェント役のワイアット・ラッセル、レッド・ガーディアン役のデヴィッド・ハーバーはコミカルな役柄だが要所を抑え、バッキー・バーンズ役のセバスチャン・スタンがMCUの歴史の重みを物語にもたらした。ヴァル役のジュリア・ルイス=ドレイファスもいよいよ本領を発揮し、残酷さのなかにかすかなユーモアをにじませている。


 スタッフワークも巧みで、とりわけ『パスト ライブス/再会』(23)や『ヘレディタリー/継承』(18)のグレイス・ユンによる美術、『グリーン・ナイト』(21)のアンドリュー・ドロス・パレルモによる撮影が振れ幅の大きい作風に説得力を与えた。映画の後半には、クリストファー・ノーラン『インセプション』(10)や今敏『パプリカ』(06)、スパイク・ジョーンズ『マルコヴィッチの穴』(99)のごときイマジネーションも冴え渡る。


 むろん『サンダーボルツ*』は、そうしたミクロな内面世界からマクロなユニバースへと鮮やかに越境し、MCU全体の物語につなげることを忘れていない。およそ2時間の旅路でキャラクターへの愛着を深めたあとは、彼らのさらなる活躍をもっと観たくなるはず。「MCU不調」といわれた数年間を吹き飛ばすような後味と、そうした悪評をパロディにしたようなシニカルな演出まで、ことごとく緻密に構築された作品だ。


 MCU屈指の異色作にして、これぞニュー・スタンダード。久々に登場した傑作といって差しつかえない。



文:稲垣貴俊

ライター/編集者。主に海外作品を中心に、映画評論・コラム・インタビューなどを幅広く執筆するほか、ウェブメディアの編集者としても活動。映画パンフレット・雑誌・書籍・ウェブ媒体などに寄稿多数。国内舞台作品のリサーチやコンサルティングも務める。




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『サンダーボルツ*』

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配給:ディズニー

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