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『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』技術革新を牽引したキャメロンが描く“家族の物語”(後編)
2025.12.24
炎の物理:Combustion 2が描く“燃える世界”
またLokiは、炎や爆発を表現する燃焼シミュレーションにも活用された。従来もガスソルバーによる燃焼シミュレーションは存在していたが、“マルチフェーズ(多相)かつ双方向の相互作用”を核とした、より高度な物理フレームワークへと拡張されている。具体的には、『WoW』におけるRDA(資源開発公社)の巨大輸送機スリングロードの着陸シーンにおいて、逆噴射の炎がパンドラの森を津波のように焼き尽くしていく場面で披露され、『猿の惑星/キングダム』(24)でさらに改良された。
そして今回の『FaA』でも、遊牧民トラリム族が乗る気球のような生物“メデューソイド”が燃え上がるシーンや、RDAの工場が破壊される場面、クライマックスの戦闘などでも、Lokiによる爆発の描写が数多く見られる。これらの場面ではLokiが、その最大の特徴である「相互作用」により、発生した衝撃波が周りの物体をなぎ倒し、その動きが火炎の形をさらに変えるといった、火と物体間の双方向の影響を計算している。そして飛び散った破片が、周囲の燃焼ボリュームと引きずり力(ドラッグフォース)を介して相互に影響し合い、高温ガスの膨張・収縮による複雑な破壊表現を可能にした。

『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』© 2025 20th Century Studios. All Rights Reserved.
さらにアッシュ族にクオリッチから提供された火炎放射器の描写では、液体から燃焼ガスへ変化するプロセスが描かれている。つまり、放射された液体燃料(FLIP)が、空気抵抗や密度に応じてパーティクル(SPH)に分解され、それが発火して炎や煙のボリュームレンダリングへと変換される。ここで注目して欲しいのは、炎から黒煙が生じていることだ。これは新しいガスソルバー「Combustion 2」の機能で、燃料の種類や酸素量、熱放射、熱力学的な効果、温度変化など、現実の化学反応に基づいた計算が行われ、物理的に正確な煤の生成が表現されているのだ。黒煙は“燃焼の化学的リアリティ”を示す重要な要素であり、これが正確に再現されることで、炎は一気に“本物の火”に近づく。
また、アッシュ族が勝利の祝いを行うシーンでは、彼らが焚き火を囲んで激しく舞い踊る。この時もLokiのマルチフェーズ・シミュレーションにより、薪(固体)が燃え、ガス(気体)になり、火の粉(パーティクル)が飛び散るという、異なる相が一つのフレームワーク内で一貫して処理され、「エネルギーカスケード乱流モデル」により、宴の狂気を物理的なディテールとして視覚化している。
エネルギーカスケード乱流モデルとは、「大きなうねりから発生したエネルギーが、消えることなく極小の渦へと受け継がれていく物理現象」をシミュレーション上で再現する仕組みだ。自然界の乱流には、「大きな渦が崩れて小さな渦になり、さらにそれが細分化されて最終的に熱として消える」という階層構造(カスケード)がある。だが従来の物理シミュレーターでは、計算負荷を抑えるために、細かな渦を途中で切り捨ててしまっており、どうしてもCGっぽくなる傾向があった。
だがLokiのモデルでは、シミュレーションの解像度を無限に上げなくても、数学的に「本来そこにあるはずの微細な渦」を予測して補完する。その結果、爆発の炎の表面に見える細かいディテールや、大きな炎の立ち上がりと、その火炎の縁で踊る火の粉を、同時かつ整合性を保って計算できる。